Story - Despir -

Despir - 1 -

一人の悪魔が乱暴に魔王城の階段を駆け昇る。
紫色の髪に真紅の瞳。
頭には立派な二本の角。
背中には黒い翼。
悪魔はまだ幼さが残る少年であった。
―― もう限界だ…!俺は絶対にあいつを赦さない!!
胸から混み騰がる抑えきれない怒り。
拳を強く握りしめ、勢いよく扉を開ける。
彼の瞳に映ったのは、王座に座る自分と同じ瞳を持つ悪魔だった。


*****


少年はずかずかと歩み寄ると悪魔を鋭い瞳で睨んだ。
その相手は自分の父親 ―― 魔王エルガナスである。
彼の息子である少年 ―― ガイアスは渾身一杯の大声をあげる。
「父さま!俺はもう我慢できない!」
「なんだ、騒々しい…」
「なぜ母さまの見舞いに一度も訪れない!?母さまは今、重い病に伏しているのに!」
「そんなことはお前に言われなくても知っている」
「じゃあなぜ!?少しは母さまを元気付けに来てもいいじゃないか!」
「私が行けばシフィグの病は治るとでも言いたいのか」
「そうだよ!母さまは今、体力的にも精神的にも辛い状態、でも父さまが声を掛けてくれれば少しは気が楽になるはずなんだ!だから…!」
言いたいことを一気に吐き出したガイアスは大きく肩を揺らして息を付く。
魔王エルガナスは何一つ表情を変えず彼を見下ろしていた。

ガイアスの母親シフィグが病に掛かったのは最近の事ではなく、数ヶ月前の話であった。
医師に診断によると原因不明の病気らしく、治る見込みは未だについていない。
ガイアスは毎日付きっきりでシフィグの看病をしていた。
それでも、日が経つごとに彼女の容態は悪くなる一方。
母親の身を心配するガイアスであるが次第にある疑問を胸に抱き始める。
―― …そういえば、父さまは一度も見舞いに来ていない。
はじめはただシフィグの病のことを知らされていないのだと思っていた。
自分の父親は魔界オルセイアの魔王だ。
忙しくて周りに目が届かないのかもしれない。
しかし、いつしかシフィグが病に伏しているということが魔界中に知れ渡る。
さすがに魔王である父親の耳にも情報として届いているはずだった。
けれど、彼が見舞いに来ることは一度もなかった。

ガイアスは怨嗟を込めて魔王エルガナスを睨む。
その瞳に浮かぶのは、今まで信じて待ち続けていた時間を裏切られたという怨恨。
しかし、エルガナスはその視線をものともせず信じられないことを口にするのである。
「ガイアス…お前は何もわかっていない」
「わかっていない…?」
「確かに今のシフィグは辛い状態だろう。だがそれは彼女だけではない、私だって同じことだ」
「なっ…」
「私はお前が生まれる前からずっと、長い時を苦しんでいる。今も尚…」
―― いったい何を言っているんだ?
ガイアスにはエルガナスの言葉が理解できなかった。
――父さまが苦しんでいるだって?
自分から見れば毎日変わらずのうのうと生きる魔王。
彼が苦しんでいる姿など今まで見たことがない。
ガイアスは思う。
―― あいつは言い逃れしようとしているんだ。
怒りが失望に変わった。
「あんたは本当に最低だ。俺はそんな奴を父親だなんて認めない!」
そう言い残し、ガイアスは部屋を出ていった。