Story - Fated World -
03 新たな気持ち
「なぜ…」
「どうかしましたか?エルガナス様」
城へと戻る帰り道。
いつも口数少ない王子の声が聞こえたので従者達は耳を傾けた。
何か躊躇っているようでエルガナスは一度口篭もる。
その様子が心配になって従者の一人が彼の顔を覗き込んだ。
「気分でも悪いのですか?」
「ううん…違う」
エルガナスは俯きながら足を止める。
そして従者達の顔を一人一人見上げてから、口を開いた。
「どうして…君達は父上に言わないの?」
それを聞いて、従者達は全員?を浮かべる。
「我々が何を魔王様に申すというのですか?」
「僕は毎日出掛けると言いながら…悪魔の敵である天使に会っているんだ」
「………」
従者達は困ったような顔をした。
すぐには返す言葉が見つからなかったのだ。
互いに顔を見合わせ、それから優しく言葉を掛ける。
「確かに良いとは言えませんが…魔界には天使に会ってはいけないという掟はありません」
「…でも天使は僕らの敵なんだ。本当は仲良くなんかしてはいけないのに僕は…」
「大丈夫ですよ、エルガナス様。我々がついています」
従者の予想外な言葉にエルガナスは目を丸くする。
驚く自分に彼らはみんな優しく微笑んでいた。
その表情が何も言わずとも自分に語っている。
我々はエルガナス様の味方です、と。
従者は言葉を続けた。
「我々はエルガナス様が心配でした。特に母君様が亡くなられてからは」
エルガナスは俯いた。
彼らは知っているのだ。
エルガナスの支えのもとは母だったということを。
従者達は替わり代わり言葉を紡ぐ。
「以前は振りまいていた表情も薄れてしまい、声を聞くことも少なくなりました」
「我々はあなたの心を開こうと努力しましたが出来ずに終わり…」
「このまま王子は心を閉ざしてしまうのかととても不安でした」
エルガナスはただじっと彼らの言葉を聞いていた。
知らなかった。
たかが従者でしかない彼らが自分をこんなにも心配しているなんて。
悪魔のイメージは悪いものばかりだ。
凶暴で、強欲で、攻撃的。
自分勝手で、気に入らないものは力で押し崩す。
しかし、それは世間の先入観でしかない。
世論というものだ。
おそらく今の魔王イゼレークがまさに悪魔の鏡ともいえる凶悪な性格であるからそう思いこんでしまうのだろう。
現に力ずくで一つの世界を手に入れようとしているのだから無理もない。
でも、魔界の悪魔は皆同じではないのだ。
戦いを好む悪魔は確かにいるけれど、それを嫌う悪魔も実はいる。
すべての争いを拒むエルガナスのように。
それは人が生まれながらに併せ持つ感情というものを知っているからなのだろうか。
エルガナスは母を失ったとき、どうしようもない悲しみを覚えた。
大切なものを失うというのはこんなにも辛くて苦しい。
そのため父である魔王が世界ヴァーツィアを征圧しはじめると胸が痛んだ。
ヴァーツィアの人々は魔王軍の侵攻によって大切なものを奪われ、失ってしまう。
きっと自分と同じような思いをすることになるのだと。
『僕は嫌だ。大切なものを失う悲しみなんていらない』
だから、二度とそんな事がないようにエルガナスは心を閉ざそうとしていた。
そうすれば何も悲しむことはない。
苦しみや辛さを感じることもなくなる。
それが自分にとっても他の人にとっても幸せなんだと思っていたから。
従者達は戸惑うエルガナスを見て優しく微笑んだ。
「我々は嬉しかったのです」
「え…?」
「今まで心を閉ざしていたエルガナス様が笑ってくれたから」
「城では決して見せなかった感情を、ここに来るようになってからは随分変わりました」
「我々はエルガナス様が幸せを感じていただければ他に何もいりません」
「それに母君様とお約束したのです、我々がエルガナス様をお守りすると」
「………」
「エルガナス様…?」
どうしてかわからないけど瞳から透明な粒が流れ落ちる。
エルガナスはまた一つ感情を覚えた。
流れるものを慌てて拭うけど、止まらない。
なんだか少し息苦しくて…でも暖かいものを心の中で確かに感じる。
こんなに身近に自分を理解してくれる者がいたなんて。
今まで気付かずにいた自分が恥ずかしくなった。
エルガナスは顔を赤くして小声で言う。
「ありがとう…」
初めて見せる我が王子の姿に従者は互いに顔を見合わせ、くすりと笑う。
「そんな滅相もない。我々はあなた様にどこまでも付いて行きますよ」
その言葉が何よりも嬉しかった。
本当にありがとう。
エルガナスは心からそう思う。