魔女と暗黒騎士
【1-7】任務初日を終えて セディトと二人の精霊
任務を終えたセディトは士官会議に参加して各特攻隊士官との打合せを済ませた。その後、夕食等を終えると、自分の士官室へと戻っていた。
部屋に入ると黒衣の上着を脱ぎ、更に中で着用していた厚手の防具を取り外す。重い装備から解放され、身軽な黒地のシャツへ着替えた彼はゆっくりとソファに座った。背もたれに寄りかかって考え事をしていると、背後から二人の精霊が姿を現わしていた。
一人は白藍色の髪を持つ少年・風星の精霊リム。そしてもう一人はクリームイエローの長髪にアメジスト色の瞳を持つ青年・雷月の精霊ライルナだった。
ライルナはリムとは違い整った制服を身に纏っており、背はセディトよりも幾分高かったが、物腰は丁寧で士官付きの秘書や執事を思わせる雰囲気があった。
リムは早速ソファ越しからセディトに顔を寄せて笑みを浮かべると、面白そうに声をかけていた。
「ねーセディト、君はまたやらかしたよ。ライルナもそう思うでしょ?」
「そうですねぇ……セディトは無意識だと思いますけど」
「俺がやらかした? リム、何の話をしている?」
「え、ロアだよ!ずっと一緒だったでしょ?」
「ああ、彼女の魔力のことか」
「違うよ!その話も大事だけれど、そうじゃなくてさ…」
「リム、やめておきましょう。セディトには通じませんよ」
「えー?でもさぁ」
「ライルナまで、何なんだ?」
「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず」
「…?」
「それよりも、彼女の“魔力”の話ですよね?」
「ああ、“神が与えた至福”と呼ばれる“高魔力”……初めて見たが、ロアの魔力は相当なものだった。そうだろリム」
「そう!凄かった!僕らの力が一気に強化されていたからね。簡単に出来ることじゃないよ!」
「俺も実感して驚いた。ライルナは、どう感じた?」
「今日は彼女の側にいましたけれど、私も驚きました。彼女は集中すると“覚醒”するようですね」
「“覚醒”……急激な魔力上昇はそれが原因か」
「ええ、間違いなく。彼女自身もわかっていることです。集中することで己の魔力が増幅され、魔法威力や効果へ加算されています。見ましたか?最初の初級魔法を」
「初級ライトニング、あの威力は初級じゃない。単発効果だったが、上級並みといえたな」
「強化上昇率も早かったもんねー!僕とセディトだから良かったけどさ」
「そのようですね。でも、ロアの力は高魔力だけではありません。彼女の詠唱は素晴らしいものがありました。ロアはきっと魔法に対して熱心に勉強しているのでしょう」
「ライルナが人を褒めるなんて珍しいね」
「そうですか?リムだって開口一番凄いと言っていたそうじゃないですか」
「そりゃあそうだよ!僕ら精霊は魔力には敏感だからね。ロアの魔力は何もしなくても感じちゃう。ライルナもそうでしょ?彼女、見た目はすっごく大人しそうなのにね」
「人を見た目で判断してはいけませんよ」
「わかってるよ。それでセディト、ロアはどうするの?」
リムに尋ねられたセディトは「そうだな…」としばらく考えてから、続きを口にした。
「敵対象への攻撃は良いとして、味方支援はもう少し彼女の力量を見てみないと何とも言えない。しばらくは俺に付いた方が良さそうだ」
「そうだね、それがいいと思う」
「でもセディト、貴方に支援は必要ですか?十分お強いのに」
「強いに越したことはない。国を守るためならいくらでも必要だ」
「なるほど」
「さっすがー、考え方がトップ士官だよね!そのうちセディトが軍の総隊長になっちゃうかも!」
「やめろリム、俺は士官のままでいい」
「え、何で?人ってさ、上には行きたいものじゃないの?」
「それは人による。俺は、前線で戦う方が好きなんだ……さぁ、話は終わりだ」
話を切り上げたセディトは、ソファから立ち上がると浴室の方へ向かっていった。シャワーでも浴びるのだろう。
残された二人の精霊は主を見送ってから、互いに顔を合わせて再び話を始めていた。
「ライルナ、僕はいつも思うことがあるんだ」
「何です?リム」
「セディトってさ、女の子に優しいよね」
「ああ、最初の話の続きですね。いつものことではないですか。レディファーストは良いことだと思います」
「良いけど…良くないよ、セディトの場合は相手がすぐ惹かれちゃうから。少しは自覚してもらわないと大変だよ?ジェシカがいい例だ」
「セディトはモテますからね。仕方ないですよ。本人は普通のつもりですし、相手が惹かれるのは彼の端麗な外見にもあるのでしょう」
「そうなんだけど、相手のことを考えると不憫でさ。セディトは何もわかっていないから」
「リムが気にすることではないですよ」
「でもさぁ…………そういえば今日は、ロアには…なぜか特別に優しかった気がする」
「彼女の場合は、加入したばかりの新人隊員だからですよ」
「そうかなぁ?ロアとは初めて会った時から何か不思議な雰囲気を感じたんだ」
「それは、ロアの高魔力に惹かれただけでは?」
「僕じゃなくてセディトが、だよ?セディトはロアに何かを感じていたと思う。でもそれは魔力じゃなくて……本人ははっきりと気付いていないみたいだけど」
「どういうことです?セディトは今までもそうですが、あまり感情を出しません。そう簡単に揺らいだりしないはず」
「そうだけど……何となく気になって」
「リムの気のせいではないですか?」
「うーん、気のせいなのかなぁ?」
リムとライルナは、二人の宿霊主であるセディトの話をするのが好きだった。彼が席を離れると、決まったようにセディトに対する二人の話し合いが始まる。
特にリムはセディトのことが大好きで、彼の人間模様に興味津々だった。
リムがセディトに出会ったのは、彼が幼い頃、初めて魔法剣・風星を手にした時だ。リムは魔法剣・風星でもあり、セディトの魔力に宿ることとなった。その後セディトは特攻隊へ入隊し、魔法剣・雷月のライルナを迎い入れて、今や特攻隊トップの先陣部隊士官へと昇進した。
一方で普段のセディトといえば、何事もひとりで過ごすことが多かった。今は士官という立場も理由の一つではあるが、彼は人と馴れ合うことを好まず、感情が薄い。先陣部隊メンバーとは一見打ち解けているように見えるが、そうではない事をリムは知っていた。大事にはしているけれど、彼にとっては仕事であり責務だ。
だからリムは、セディトの本心がいつも気になっていた。彼の周りの人たちは心が様変わりして環境が変化していくのに、セディトにはそういった心の揺らぎがない。静かに時間だけが経過しているかのような感覚に、もっと感情を表現して毎日を楽しめばいいのにと、リムは思う。そのため、ついつい彼の心を引き出そうと首を突っ込んでしまうのが常だった。
そのたびにライルナはリムを抑制していた。リムの気持ちもわからなくもないが、セディトは本心を見せないし、あまり執拗過ぎると機嫌を損ねる傾向がある。ライルナがセディトに宿ったのはリムよりも後だったせいもあり、気が付けば主人と話し足りないリムの聞き手役に回っていた。
当初ライルナはリムとは違い、宿霊主の感情や深層心理へ干渉することには否定的だった。自分はあくまで宿霊主に従する精霊なのだから、あれこれ詮索すべきではない。
けれども彼らのやりとりを見ているうちに、柔軟な気持ちを持つようになった。セディトは本心こそ見せないものの、リムと会話する時の心は和やかだと気付いたためだ。ライルナは自分に対しても、そうであってほしいなと思うようになり、今では広い視点でセディトを見守りつつ、リムと精霊同士の会話を楽しむことで充実した時間を過ごしていた。
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで
現在文字数 0文字