魔女と暗黒騎士

【1-8】任務初日を終えて セディトと二人の精霊

 浴室から戻ったセディトは未だ話し込んでいる精霊二人を見て、毎日飽きないなと思いながら濡れた髪をタオルで拭いていた。詳しい内容は知らないが、彼はリムとライルナがよく自分の話をしていることはなんとなく知っていた。それに対して興味を持つことはない。精霊同士の話だ、いろいろな考えがあるのだろう、そう思っている。
 二人のことは気にせずに、ある程度水分を取り終えたタオルを片付けると、セディトは戸棚からボトルを一本取り出して、用意しておいたグラスへ中身を注いだ。若干のアルコールが含まれる果実酒だった。
 グラスを手にすると今度は執務机に向かって座り、隅に溜まっていた書類へ目を通し始める。士官決裁の任務報告書、部隊遠征計画書、騎士魔導隊向広報連絡誌、部隊編成異動一覧等の公務書類だった。ここ最近は討伐任務が連日続いていたため、机に向かっている時間がなかった。
 セディトはグラスに口を付けながら書類を確認して、空いた左手でペンを取ると、それぞれに必要なサインを記入していく。
 そうしていつもの公務を進めていた時、次に手に取った書類を見てふと目が留まった。
 それはロアの特攻隊隊員成績と評価表だった。昨日、白雪総隊長から預かったものだ。
 一度は確認済みではあったが、今日の演習で知り得た情報と照らし合わせるために、セディトは再度内容へ目を通すことにした。

── ロアの成績……高魔力、集中力、詠唱力、魔法威力、効果影響力、指定範囲、全てが特級判定……魔法に関しては本当に完璧だ。ただ、魔導士ゆえに、体力面には課題があるな。

 評価表にはロアの成績に関する査定が書かれていた。査定を行ったのはいずれも上官魔導士であり、魔法に関して高評価を示す言葉が記載されている。よく読むと、ロアの集中力に関する考査が示されていた。

── ここは…昨日、読み飛ばしてしまったんだった。

 改めて評価内容を確認すると、ロアを自分の部隊へ推薦したのは王族側近魔導士クライスと第6部隊隊長ローゼンスターの二人だったようだ。
“ロアは集中すると、魔力上昇の他、複数の覚醒スキルが付与されることを確認。そのひとつに希少覚醒『先読み』が備わっており、的確な攻撃支援が可能となっている。他にも攻撃に適したスキルを確認。彼女のスキルを最大限生かすには、先陣部隊への配属が望ましいといえる。”

── 希少覚醒、先読み……未来を予知できる、ということか?

 聞き慣れない名詞にセディトは眉を顰め、ロアの様子を思い出していた。確かに集中するロアは何かしら雰囲気が変わっており、魔力上昇が認められた。覚醒については先程ライルナも言っていたが、他にも付与される能力があるらしい。

── さて、ロアの配置……俺が先行し、後に付かせるとして、ノクスも先行させたいが…。

 ロアの評価表を眺めながらセディトは彼女の今後の陣形配置に考えを巡らせる。明日からの先陣部隊をどのように運用すればよいのか。
 セディトがひとり考えていると、いつの間にかリムとライルナが側に来ており、声をかけてきた。

「セディト、仕事してるの?真面目だねー」
「もう休んではどうですか?遅い時間ですよ」
「まだ明日の予定を組んでいないんだ。それが終わったら寝るよ」
「僕はもう眠くなってきちゃった、先に寝るね……セディト、ライルナ、おやすみぃ」
「リム、おやすみなさい。セディト、私もお先に失礼しますけど、ほどほどにしてくださいね」
「ああ。リム、ライルナ、お疲れ様」

 精霊二人の姿が見えなくなるとセディトは再度机に向かい、特攻隊任務表を確認しながら明日の予定を組み始める。遠征が行われない時の特攻隊は、たいてい近辺で発生する魔物の討伐任務が宛てられており、戦闘訓練も兼ねている。明日も近隣の魔物討伐へ赴くことになるだろう。
 セディトは任務計画と陣形についてある程度の内容をまとめ終えると、グラスに残っていた果実酒を飲み干して一息ついた。

── そろそろ眠くなってきた。

 椅子に座ったまましばらく思考を休ませていたセディトは、なぜか不意に、今日の任務帰りのことを思い出していた。

── そういえば、行きは怖がっていたけれど、帰りは大丈夫そうだった。あんなに安心するとは思わなかったな…。

 帰り道の騎乗、手綱を握っていたセディトは自分の胸に寄りかかる重みに気付いていた。視線を向けると、前に座っているロアがそっと自分へ身体を預けている。寝ているわけではなさそうだが、紫黒の髪から垣間見える瞳は閉じられていた。異動の任務初日だ、何かしら疲れがあったのだろう。
 自分へ寄せられたロアの顔は、とても素直だと感じた。安らいだ表情は可愛らしく、見ていると自分の心がどこかざわついて…──。
 そこまで思い返したセディトは首を傾げた。

── 俺は、何を考えているんだ?なぜロアのことを…………もう寝よう。

 自分も疲れているのだろう、そう思いながらセディトは席を立つと、グラスを片付けてから寝る前の身支度を済ませる。
 その後、寝室のベッドで横になった彼は、寝つきが良いのかすぐに眠りへ落ちていた。

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