魔女と暗黒騎士

【1-5】任務初日・帰路

 森の出口に着いた先陣部隊は、来た時と同じように各自馬に乗って駆け出した。
 セディトとロアが馬に乗らないので、気になったジェシカはサリーに待つよう伝えてからセディトの元へ訪ねた。

「セディト士官は戻らないのですか?」
「俺はロアに確認することがあるんだ。後から戻る」
「新人に…何を確認するんです?」
「彼女の魔法をね」
「え、それなら、私も見てみたいのですけど…!」
「いや…ダメだ。先に戻れ」
「そ、そうですか…わかりました」

 残念そうに声を落としたジェシカはサリーが待つ馬へと戻っていく。


 ジェシカたちが駆け出して行くのを見届けて、セディトは改めてロアに言った。

「早速だが、ロアの得意とする魔法は何だ?」
「私は…意外かもしれませんが攻撃魔法が得意です。先行者の強化支援系も使えます。属性は雷と闇です」
「そうか、じゃあ…向こうに見える倒木を目標に魔法を放ってもらえるか。出来ればレベル毎に初級、中級、上級の攻撃魔法を3種。最後に強化支援を俺にかけてみてくれ」
「はい、わかりました。では…」

 ロアは魔導杖を目標へ構えて集中し始める。セディトはすぐに異変を感じていた。

── これは……彼女の魔力が急激に上昇している?

 昨日会った時からロアの内に秘められる魔力は高いことが伺えていた。それはセディトの精霊リムも評価していたことだ。

── どこまで上がる…この魔力。

 集中するロアの顔を見ると、紫色の瞳は少し細められ目の前だけを見据えている。しばらくすると、ロアは詠唱を口にした。

「我の元へ集え、天より招来せし黒き雷よ…始めは小さき雷、次いで気高き雷、終わりは偉大なる雷閃を…」

 彼女の声色は普段とは違い、ワントーン低く深みを帯びていた。まるで人が変わったような雰囲気でもある。
 それに、詠唱を聞いていたセディトはさらに驚いていた。

── 彼女は3種を順番に放つのではなく、最初から魔法連鎖を練り込んでいる…!

 詠唱を終えたロアが魔導杖を掲げると、凄まじい黒い雷撃が倒木へ鳴り落ちた。
 初めは初級と思われる細い一本の雷撃。それが落ちた直後、続いて中級の魔法が鳴り落ちて、初級よりも太い雷撃が大きな音を立てて衝撃を与えた。そして最後は上級、複数の黒い雷撃が一気に鳴り落ちて倒木へ集中し、地面を響かせるほどの強い電撃を与えていた。ロアの魔法を受けた倒木は続け様の落雷により焼け焦げて、形さえも維持できていなかった。
 攻撃魔法を終えたロアは休む間もなく、今度は支援魔法を行うためにセディトへと向き合った。

── ロア…?

 彼女の顔を正面から受けたセディトは、表情には出さなかったが少しだけたじろいだ。
 昨日今日出会ったロアは真面目で大人しい性格で、可愛げのある印象だった。だが、今目の前にいる彼女はどこか虚で感情が読めない。増幅された魔力による影響なのか、身に纏う雰囲気は氷の如く冷たく殺伐としており、威圧さえも感じられる。
 本当に別人ではないのかと思うほど。

 ロアはセディトへ魔導杖を向けて詠唱を始めた。彼女が綴る言葉は、先の攻撃魔法とは違い不思議な心地良さがあった。
 詠唱が終わるとセディトの足元に光を帯びた魔法陣が浮かび上がった。そこから魔力の風が渦巻いてセディトを取り囲んだが、あっという間に消えてなくなった。
 セディトはすぐに効果を実感していた。

── 俺の魔力を上昇させたのか…それにしても、これは…。

 そう思った直後、頭の中で知っている声が響いていた。

『セディトいったい何!? 僕たちの魔力が一気に上がっているんだけど』

 精霊リムだった。彼は基本的にセディトの前でしか少年の姿を見せないため、ロアに悟られないよう彼に声だけを伝達している。

『リム、ロアの強化支援魔法だ』
『知ってるよ。そうじゃなくて、この向上効果は…ちょっと危ないかもよ?』
『だろうな、試してみる』

 リムに返事を返したセディトは、未だ虚ろな表情でこちらを見ているロアに向けて言った。

「ロア、少し俺から離れてくれ。支援効果を試すから」
「あ…はい」

 セディトに言われてロアは彼の後方へ数歩下がる。ロアの立ち位置を確認したセディトは、森の方へと進み出て左腕を伸ばした。

「風星」

 掌を広げてセディトが呟くと、彼の左腕に魔力の帯が現れて包み込む。眩しい翠色の魔力は彼の掌から一筋の光を象って銀色の長剣へその姿を変えた。
 セディトが主要とする武器、魔法剣だった。

── セディト士官の、魔法剣…!初めて見た…。

 虚げだったロアの表情は、セディトの強い魔力を感じて普段の顔つきへと戻り始めた。
 魔法剣は己の魔力を形成させる事で使うことができる武器だ。元は魔力であるために自由に出し入れする事ができ、持ち運びに関しては利便性が高い。
 しかし、魔力で武器を形成させるためには高い魔力と繊細な集中力が必要で、誰でも扱えるものではない。形を継続する間も魔力は消費されるため、高難易度の技術といえた。魔剣士であるセディトであるからこそ成し得る力だ。
 セディトの魔法剣を初めて目にしたロアは、その力強い魔力を自分の瞳に強く焼き付ける。
 形成させた剣を握りしめたセディトは前方の森へ狙いを定めるよう剣先を差し向けてから、自分の方へ引いて身構えていた。

「……!」

 剣にさらなる力を込めようと集中した時、彼は自分の魔力が想定していたよりもずっと上昇幅が大きいことに気付く。
 やや間をおいてから、セディトは風を斬るように剣を振り下げた。

 ザンッ ───!!

 一瞬だけ剣が輝き、振り下げた剣撃から凄まじい衝撃波が現れた。それは地面を削りながら森の木々を薙ぎ倒していく。
 森の奥の方まで突き進んだだろう衝撃波は、最後に岩場か何か硬いものに衝突したらしく、ドォォォン!と大きな音を響かせていた。

「………」

 セディトは自分が放った大きな力を冷静に考えていた。力を抑えたつもりだったが、ロアの強化支援の効果はかなりのものだと認める必要がある。
 再びリムの声がセディトの頭によぎった。

『セディト、凄い力だったよ。大丈夫だった?』
『ああ、俺は別に何とも無い』
『それならいいけど』
『リム、続きは帰ってから話そう』
『うん、わかった』

 リムとの会話を終えたセディトは魔法剣を空気へ拡散させると、後方で待機するロアへ向き直った。
 集中していた時の彼女は無表情だったが、今は控えめな彼女に戻っていることを知り、声をかける。

「ロア、君の魔法は凄いな。見せてくれてありがとう。今後の参考にさせてもらう」
「いえ、言われたことをしただけですので…セディト士官の魔法剣、初めて拝見しましたが素晴らしかったです」
「そうか、これからは飽きるくらい見ることになるさ」
「はい」

 ロアが頷くとセディトは「そろそろ戻ろう」と言い、馬が待機している場所へと歩き出した。



 先に馬へ跨ったセディトはロアへ手を差し伸べる。彼の手助けを受けてロアもすぐに乗馬したのだが、「あれ?」と森へ来る時と何やら手筈が違うことに気が付いて戸惑うことになった。

「あの…セディト士官、私は後ろに乗るのでは…?」

 そう言ってロアは後ろに座るセディトの方を見上げる。ロアはセディトに抱えられるよう彼の前へ座る形になっていた。

「来る時は任務の一環で速やかに移動する必要があったからだ。今は帰るだけだし、この方が安心できるだろ?」
「そ、そうですか…気を遣っていただきありがとうございます」
「よし、じゃあ戻るぞ」

 セディトは手綱を打ち鳴らして馬を走らせる。ロアの体勢が若干前寄りだったので、彼は片腕を彼女の身体に回すと自分の方へ強く引き寄せた。びっくりしたロアは「え…あの!」と声を零したが、セディトは何でも無いように応える。

「あ、悪い。前過ぎると危ないから…もっと俺の方へ体を預けてくれるか」
「は…はい、すみません」

 ロアは何度目かわからない胸の高鳴りを感じていた。後方で同乗した時とはまた違う温もりを覚え始める。

── セディト士官、優しいな。まだ私が新人だからかな…。

 そんなことを思いながらロアが見上げると、すぐそこにはセディトの整った顔がある。彼の蒼い瞳は前方を見つめて馬を進めていたが、やがて自分への視線に気付いて言葉を返した。

「少し疲れたか?初日は緊張しただろう。あとは俺に任せて休んでいいぞ」
「いえ…大丈夫です」

 ロアは見上げる自分の顔が熱を帯びているように感じたので、すぐに視線を戻す。
 それからしばらくして、少しだけセディトの言葉に甘えて自分の身を彼の方へと預けることにした。セディトは気付いていたが、とくに何かを言うことはなかった。

── やっぱり、安心できる。

 セディトの背中に身を寄せた時と同様の居心地の良さを覚えながら、ロアは瞳を閉じる。
 ずっとこのまま過ごせたら幸せなんだろうな、と密かな想いを抱いていた。



   *



 思えば先陣部隊として初めて任務に追従した時から、ロアはセディトへ惹かれていたのだろう。本人はまだ自分の気持ちにはっきりとは気付いていない。
 ロアがセディトをもっと強く意識するようになるのは、もう少し後のことだった。



- End -

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