魔女と暗黒騎士

【1-4】任務初日・演習開始

 森に到着した隊員たちは、馬を降りると速やかに次の行動へと移っていた。

「オレたちは先に行こう。カスタルバ」
「ああ。ジェシカ、ヒューレット、すぐに来いよ」

 先行剣士であるノクスとカスタルバはすぐに森の中へ入って行く。先行者の支援を務めるジェシカとヒューレットは二人の後を追い、やや遅れてから後方支援となるサリーとイェルガが続いた。
 先陣部隊の演習任務が始まっていた。
 彼らを見送ったセディトは、一人戸惑っているだろうロアに声をかけた。

「大丈夫かロア。現地に着くと皆行動は早い。俺が事前に説明した陣形を基本に進むことになる」
「わかりました」
「俺の側を離れないようにな。さぁ行くぞ」



 ロアの先を進むセディトは、歩きながら先陣部隊の主な役割を簡単に説明した。
 特攻隊の中でも先頭に位置する先陣部隊。
 彼らはエンデバーグ王国の騎士魔導隊の主軍・第2部隊と第3部隊を現地へ滞り無く導くための斬り込み隊であり、斥候も担っている。秘密裏に動くこともあるが、基本は主軍の現地移動への障害となるだろう要素を排除することが主な任務だ。
 特攻隊は常に先行するため危険は多いが、だからこそ戦闘に優れた隊員で結成されており、誰もが有能な力を持ち合わせている。

「俺の部隊は負け無しだと言われているが、その理由はわかるか?」
「隊員の皆さんが強いからでは…」
「それも間違いではないけれど…強さだけじゃない。斥候任務も担う俺たちは必ず軍の本隊へ戻る必要があるんだ。一緒に進行する他の特攻隊を指揮して軌道に乗せた後、その先行状況を生きて報告しなければならない」
「伝令任務があるとは知りませんでした。特攻隊は先陣部隊のおかげでスムーズに進行できていたんですね」
「本来なら報告は伝令部隊へ任せる方が早い。先頭からわざわざ後ろへ戻るのは時間がかかるからな。だが、白雪総隊長はそれでも先陣部隊が主軍へ報告せよとの仰せだ」
「それは…どうしてなんですか?」
「過去、伝令部隊が途中で行き倒れる、あるいは敵にやられてしまう、情報が盗まれる、伝達不足で情報があやふやになることがあったためと言っていた。先陣部隊ならそう易々とやられはしないし、情報も確実となる。だから変えたようだ」

 そう話すセディトは不意に前方で何かを感じたらしく「そろそろ始まる頃合いだな」と呟いた。セディトの後を追うロアは、森の奥から自然ではない音の響きが聞こえることに気が付いた。どうやら先行していたノクスたちが魔物を見つけて討伐を始めたようだ。

「ロア、現場に到着したらノクスたちの戦法をよく見ておいてくれ。明日は君も参加してもらうから」
「はい」



 先行するノクスとカスタルバが遭遇したのは、森では見かけない魔物だった。おそらくは空間の歪みより襲来した魔界の魔物の一種なのだろう。

「カスタルバ、オレが行くよ」
「わかった、いつも通りな」

 魔物へ先に攻撃を仕掛けたのはノクスだった。彼は剣を構えると、瞬時に魔物の懐へ移動して先制の一撃を与えていた。あまりにも素早い移動攻撃に、その魔物は為すすべなく息絶える。しかし、魔物は一体だけではない。奥の方にまだ複数体存在しており、彼らは赤い眼を光らせる。カスタルバはノクスに続き、魔物へ向かって大剣を振り上げた。
 ジェシカとヒューレットはノクスたち後方より周囲を警戒しながら彼らの支援にあたる。
 先行者に続く後方支援者は、彼らと共に戦闘加勢することは勿論だが、最優先すべきは先行者を不意な事態から守ることだった。先行者は基本的に前方へ集中するため背後を顧みない。
 ノクスは姿勢を低くして再度剣を身構えると、魔物へ向かって一気に駆け出した。
 ノクスの攻撃は速攻性に特化しており、必ず敵へ先制の一撃を与えることが可能だった。それは彼がエルフ族であり、中でも機動性に優れるエルフィンウィグナーであるからだ。普段は見せないが、エルフィンウィグナーは背中に透明な翼を持っており飛翔することができる。ノクス自身が持つ潜在属性の風と相性が良く、翼で移動を加速させて行う先手必中攻撃は彼の得意とする戦法だった。
 だが、速さ特化ゆえにやや攻撃力が劣るため、防御力の高い敵対象には効きが悪い。力に特化するカスタルバ、後方支援につくジェシカとヒューレットは彼が倒しきれない対象を追撃で対応することになっていた。
 ノクスは先陣を斬りながら自分の後に続くジェシカへ向かって声をかける。

「ジェシカ、そいつはよろしく!」
「任せてっ!」

 近くには唸り声を上げる魔物がいた。傷を負っていたが、まだ生きている。
 ノクスが仕留めそびれた魔物へ向かってジェシカは留めの一撃を与えると、すぐに彼の後を追っていった。
 先行のノクスたちは進行方向周辺を中心に戦闘を行うが、時折彼らの視界に入らない遠方から狙われることがある。遠距離の敵対象はサリーの弓術が対応し、余裕があればヒューレットが遠距離魔法を使うことがあった。部隊を守るためにイェルガは防御陣展開による支援を担当し、負傷者が出た場合は治療を行うことになっている。
 セディトと共に討伐現地に追いついたロアは、彼らの戦闘風景を見て一人、息を呑んでいた。

── すごい…魔物が次々に倒されていく……!皆それぞれ役割があって、連携が出来ているからだ…!

 驚くロアを他所に、隣に並ぶセディトは蒼い瞳を細め、何やら考え込んでいた。
 周辺の魔物討伐が終わると、ノクスが後方へふわりと飛んできてセディトに尋ねてくる。

「セディト士官、まだ奥へ行く?」
「そうだな……ここから北西へ、まだ魔物がいる。それを討伐して終わろう」
「了解、陣形はこのままですか?」
「先手は変えよう。先にカスタルバ、次いでノクスだ。あとノクス、少しいいか」
「何です?」
「お前の先制だが、移動前に少し力を溜められないか?威力が速さ負けしている。もう少し溜められれば威力が上がって、速さに比例した一撃になるはずだ。翼が無い俺が言っても説得力はないが…」
「言いたいことはわかりますよ。オレもわかっています。力をコントロールしようとしていますが、なかなか上手くいかなくて…期待に応えられるよう努力します」
「そうか、無理はするなよ。あとジェシカ」
「は、はいっ!」

 呼ばれたジェシカは満面の笑みでセディトの側へやってきた。隣で見学するロアを一瞥し「セディト士官、何ですか?」と期待を込めた声色でセディトの方を見る。

「動きは悪くなかった。あとは少し早めにノクスをフォローするようにな」
「了解しました!」
「よし、先へ進もう」

 セディトに促されて先陣部隊は再び森の奥へと進み始める。ジェシカは「え、もう行くんですか!?」と声を上げたが、セディトは「日が暮れる前に戻りたいからな」と構わず歩き出した。ジェシカは自分に対する評価が思いのほかすぐに終わってしまったので、少しだけガッカリした様子だった。



 さらに森の奥へ行くと、やはり魔界の魔物が群れているようだった。
 今度はカスタルバが先行し、見るからに重厚な大剣を軽々と振り回した。彼の攻撃は力へ特化しており、弱い魔物であれば一撃で片付けることが出来た。例え倒しきれない場合でも、攻撃された敵対象は強い斬撃に伴う追加効果によって短時間行動不能となる。その不動状態の間にノクスとジェシカが追撃し、魔物の大半を片付けた。ヒューレットは先行者の攻撃力を上昇させる支援を行いながらも、隙を見ては攻撃魔法を放っていた。
 先とはまた違う連携攻撃に、ロアは真剣な眼差しで彼らを見つめていた。

── 先行が変わると連携方法も合わせて変更されている…。皆さんすごいっ。

 一通りの魔物討伐が完了したところで、セディトは隊員を呼び集めた。

「今日の任務はこれで完了だ、皆お疲れ様。さて、ノクスとジェシカは先に言った通りだ」
「はい」
「了解です」
「次はカスタルバとヒューレット、お前たちはいつも通り…特に問題は無かったな」
「やったねカスタルバ!」
「まぁ俺たちなら当然さ」
「ただカスタルバ、もう少し力を抜いてもいい」
「ああ、わかった」
「最後はサリーとイェルガ。二人の出番はなかったが、常に油断のないように」
「わかりました士官」
「心得ている。本来何も無い方が我々にとっては良いことだけどね」
「そうだな、さぁ日が暮れる前に戻ろう」

 任務完了により隊員たちはそれぞれ帰路への準備を始める。全員が森の出口へ向かう中、セディトはロアに言った。

「ロア、戻る前に確認したいことがある」
「はい、何ですか?」
「君の魔法をいくつか俺に見せてくれないか。明日の陣形を考える参考にしたい」
「わかりました」

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