魔女と暗黒騎士
【1-3】任務初日・顔合わせ
翌日、ロアは先陣部隊へ赴いた。
隊員たちが集合する中、セディトは自分の隣にロアを呼び、指揮待機する彼らに向けて紹介した。
「今日から俺の部隊へ配属された新人の魔導士ロアだ。白雪総隊長より彼女の魔法支援の実力はお墨付きだから、皆よろしく頼むよ」
「皆さん、ロアです。これからよろしくお願いします」
ロアが挨拶をすると隊員たちは歓迎の声を挙げた。隊員の中には昨日会ったジェシカもいたが、彼女だけは不服そうな表情を浮かべてロアを睨んでいた。余程毛嫌いされているらしい。
その間、最初にロアのもとへ挨拶しに訪れた隊員がいた。
いかにも快活そうな青年剣士だった。橙色の髪は先端へ行くほど赤みが強く、瞳は翠色。耳先が尖っていることから一目でエルフ族だとわかる風貌で、美男子だ。
「オレはノクス、先行剣士を務めているよ。よろしくな」
「ノクスさん、よろしくお願いします」
「あ、さん付けは禁止だよ?オレたちはもう仲間だからね!ノクスでいいよ」
「わかりました、ノクスさん」
「ロア、さんが付いているよ…?」
「えっ! あの、すみません…まだ慣れなくて」
「あはは!まぁすぐには無理か。時機に慣れるよ」
「はい…」
次に訪れたのは、背中に大剣を背負う大柄な男と、金髪が映える魔導士の男二人組だ。
前者の剣士はその大柄故に、目の前に立たれると威圧的な雰囲気を感じられたが、ロアが見上げた先の顔立ちは明るく、逞しさがあった。
「俺はカスタルバ、ノクスと同じ先行剣士だ。よろしく」
そう言って大男のカスタルバは笑顔を見せる。その横で、後者の男魔導士はやんわりとした笑みを浮かべており、続けてロアへ声を掛けてきた。
「僕はヒューレット、君と同じ魔導士さ。主に先行者の後方支援を行っているんだ。どうぞお手柔らかにね」
煌びやかなクロークを纏うヒューレットは、流れる仕草で挨拶を交わす。装飾品がシャラン、と音を立てて揺れた。まるで貴族のようだとロアは思いながら、改めて二人へお辞儀を返した。
「はい、どうぞよろしくお願いします」
続いて現れた隊員の姿は、ロアをハッとさせていた。見たことがある人物だった。
若い隊員たちの中で唯一年齢を感じさせる男だ。ゆったりとした白を基調としたローブを身に纏い、明るいブロンド色の長髪は片側サイドへ三つ編みに結ってある。金色の瞳は優しげで、温和な雰囲気を持ち合わせていた。
ロアは、男が挨拶をする前に声を零していた。
「貴方は、イェルガ様では…?」
「ほう、私のことを知っていたのか」
「友人の医療魔導士が貴方にとても憧れていて、よく話を聞いていたので…」
「なるほど、それは有難い。医療魔導士のイェルガだ。ノクスも言っていたけれど敬称は不要だよ。ここでは隊員たちの回復支援を担当している。よろしくなロア」
「はい」
最後に挨拶へ訪れたのは、長い髪にヘアバンドが良く似合う弓使いの少女と剣士のジェシカだった。
「ロアちゃん、私はサリー。弓使いで後方支援を担当しているの、仲良くしてね。ほら、ジェシカちゃんもきちんと挨拶しなよ」
「ふん、昨日会ったから必要ないでしょ?ねぇ?」
「はい、存じています…二人ともよろしくお願いします」
ロアが控えめに言葉を返すと、ジェシカは目尻を釣りあげる。ロアの目線へぐいっと顔を寄せながら、強く言い放った。
「先に言っておくけど、セディト士官の迷惑にならないようにね!」
「もうっ、ジェシカちゃんったら!」
言い寄るジェシカを遮るようにサリーはフォローへと入っていた。「強く言い過ぎだよ」とジェシカを下がらせて、彼女はロアへと向き返る。
「ごめんねロアちゃん、ジェシカちゃんはセディト士官のことになると…いつもこうなの。だから気にしないでね」
「そうですか…」
「あとロアちゃん、敬語は使わなくていいからね。急には難しいと思うけれど」
「あ、はい……じゃなくて、うん…わかった」
「そうそう、オッケーだよ!」
一通り全員との挨拶を終えたロアは少しだけホッとしていた。昨日会ったジェシカを除けば、先陣部隊の隊員は皆友好的な印象だ。明るく活発そうな隊員ばかりで、控えめな自分がいるのはどこか間違っているような気にさえ思う。
この先の任務でどれだけ部隊へ貢献できるのか。その結果によって、彼らの自分に対する評価が変わるだろう。
隊に馴染めるかどうか、全て今後の本番にかかっている。
── 頑張らないと。
心の中で決意したロアは、人知れず拳に力を込めていた。
「全員挨拶は済んだな。では、今日の任務を説明する」
区切りを付けたセディトは、隊員たちを集めて任務内容の説明を始めた。
「今日はユーレム隊の情報にあった魔物の討伐を行う。場所は南西レッドバラード手前の森で、普段よりは軽い手慣らし程度の任務になる予定だ。陣形はいつも通り、先行はノクスとカスタルバ、次いでジェシカとヒューレット、後方よりサリーとイェルガ」
「あれ、セディト士官はどこに入るの?」
疑問を返したのはノクスだった。
「俺は後方で待機し討伐には参加しない。ロアもだ。今回は彼女に先陣部隊の任務陣形と動きを学習してもらうための演習とする。かといって皆、手を抜かないようにな」
「わかりました」
「了解です」
こうして先陣部隊はセディトの指揮を受けて各自準備に取り掛かると、早速南西の森へ向かうことになった。
その森はエンデバーグから歩いて向かうには距離があるため、部隊は軍所有の馬を利用して移動していた。
馬を走らせるジェシカは手綱を鳴らし、後ろに同乗しているサリーへ不満をこぼしていた。
「どうして新人がセディト士官と一緒の馬に乗っているの?!信じられない!」
「新人だからでしょ?まだ一人は危ないだろうし…」
「サリー、そういう意味ではないのよ。馬に乗るだけなら士官と一緒である必要はないじゃない?ノクスやカスタルバで十分。そうであれば私がセディト士官と一緒に乗れたかもしれないのに」
「それは、今日はロアちゃんのための任務演習だからだと思うけど」
「私、あの子嫌いよ」
「どうして?昨日初めて会ったんだよね?」
「そうよ、でも最初からなんかムカつくの!」
「ジェシカちゃん、それは理由になっていないよ…」
一方、ロアは気が気じゃなかった。先ほどジェシカが話していた通り、ロアはセディトが走らせる馬に同乗していた。あまり乗り慣れていないため、その体感スピードと振動に驚いており、少し恐怖を抱いていた。
「ロア、俺にしっかり掴まれ。振り落とされるぞ」
「は、はいっ」
セディトに言われてロアは黒衣の背中に強く抱きついた。それが大きく伝わったのだろう。セディトはロアを気にかける。
「乗馬が怖いのか?」
「あの、あまり乗ることがなかったので、慣れていないだけです…」
「そうか、まぁ何度か乗ればそのうち慣れるだろう」
「そうですね…」
答えながらロアは広い背中に顔を寄せる。なんだか不思議な思いを胸に抱いていた。
── 私がセディト士官と同じ馬に乗るなんて…。
特攻隊の入隊式の時には考えられないことだった。セディトのことは、噂が先行する手の届かない人なのだろうと思っていたのに、気が付けばすぐ目の前に存在しているのだ。短い間に自分の時間の流れは目まぐるしく変わった、そうロアは感じていた。
セディトの背中はがっしりして逞しかった。暖かくて心地良ささえ感じられる。
この安心感はなんだろうか?
そんなことをぼんやり考えながら、ロアは任務地に着くまでセディトの温もりを感じながら過ごすことになった。
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