魔女と暗黒騎士

【1-2】先陣士官セディト

「セディト士官、ロアです。白雪総隊長から貴方を訪ねるよう仰せつかりました」

 士官室の扉をノックしたロアが来訪を告げると、中から女の声が返ってきた。

「話は聞いているわ。どうぞ」

 ロアは扉を開き、敬礼してから入室した。
 士官室の中では、先ほど返事を返したと思われる一人の女剣士が立っていた。長いスミレ色の髪は後頭部でひとつにまとめられており、露出のある鎧を着こんでいる。腰には細身の剣が下げられていた。
 彼女は腕組みをしながら、品定めするかのようにロアを眺めてから言った。

「私はセディト士官の支援剣士、ジェシカよ」
「ジェシカさん、ロアです。よろしくお願いします」
「あら、まだ貴方が正式に先陣部隊へ入ると決まったわけじゃないわよね?」
「そうですね…。あの、セディト士官はどこに?」
「セディト士官は今、休憩中よ。だから…今日のところはもう引き下がってもらえるかしら」
「え?でも白雪総隊長から訪ねるようにと言われており…」

 ロアが少し首を傾げながら疑問を返すと、ジェシカは苛立ちを覚えたらしく、強い口調で答えた。

「聞こえなかった?士官は休憩中だと言ったの。それとも、彼の休息を邪魔するつもり?」
「あ、いえ、そういうわけでは…」

 急に厳しい態度を見せられたロアは困惑した。ジェシカとは初対面のはずだが、なぜここまで敵視されているのか。彼女が苛立っている理由がよくわからなかった。それに、彼女がセディトの士官室で待機している状況もどことなく不明瞭である。

── もしかして、セディトさんと付き合っている、とか…?

 なんとなく、そんな考えをロアは思い浮かべていた。今までセディトに彼女がいるという噂は聞いたことがなかったが、いろいろと事情があるのだろう。
 そう解釈することにしたロアは、このまま居座ってもジェシカから怪訝にされるだけなので、仕方なく退室することにした。

 その時だ。

「もう来ていたのか?悪い、待たせたな」

 扉を開けて現れたのは黒衣を纏うセディトだった。
 踵を返していたロアは危うく彼とぶつかりそうになったのだが、セディトがすぐにロアを抱き支えたため事なきを得た。セディトが「大丈夫か?」と尋ねてきたので、ロアは「はい…」と小さく頷いた。
 その後、慌てていたのはジェシカの方だった。

「セディト士官、まだ戻られる予定では…?」
「ジェシカお前、また勝手に入ったのか。いい加減にしろよ」
「わ、私はお忙しいセディト士官に代わり、対応しようと思い…」
「お前は先陣部隊の支援剣士で、士官付き役務はない。余計なことはするな」

 セディトの蒼い瞳はジェシカを睨む。その冷たい視線を受けた女剣士はすぐに姿勢を正して、頭を下げた。

「申し訳ありません。貴方の力になりたいが故、出過ぎた行動でした」
「もう二度と勝手なことはするなよ。次は、無いからな…」
「は、はい…肝に銘じておきます」
「わかったならもう行け。俺はロアに用がある」

 セディトに退室を命じられたジェシカは渋々士官室を後にする。ジェシカがロアとすれ違う時、彼女は鋭い瞳でロアを睨みつけていた。
 ジェシカの退室後、セディトは士官室中央にあるソファーへと座った。セディトに促されてロアはソファー向かい側の椅子に腰を下ろす。
 セディトの蒼い瞳は、ロアをじっと見つめていた。

「ジェシカに何か言われたか?来てもらって早々、悪かったな」
「あ、いえ…私は大丈夫です」
「そうか、どうも彼女は俺の世話係にでもなりたいらしい。必要ないと言っているんだが」

── ジェシカさんはセディト士官の彼女ではないみたい。

 セディトの言葉に先ほどの彼女とのやり取りを思い返しながら、ロアは少し緊張した面持ちで紫色の瞳をセディトへ向けていた。
 セディトはそんなロアには構わず話を続ける。

「さて、白雪総隊長から話は聞いている。先陣部隊へ配属とのことだが、俺は構わない。正直なところ、俺の部隊は物理アタッカーが中心で魔導士が少ないんだ。君の魔法支援があると助かるよ」
「私の力が役立つのなら、光栄です」
「随分と謙遜するんだな……もっと気を楽にしなよ。何か気になることはあるか?」
「はい、白雪総隊長にもお伝えしましたが、私は魔導士なので…その、先頭へ付いていけるのか不安があります。体力があるわけではないですし…」
「そこは考慮する。そうだな……まずは部隊の流れに慣れる必要があるから、俺の近くへ付いてもらおうか。部隊陣形の説明はあとで行うけれど、俺が君をフォローしよう」
「セディト士官自ら私のフォロー…ですか?気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「最初だからな、気にしなくていい」
「そうですか、わかりました」

 ずっと緊張していたロアだったが、セディトの気遣いに少しだけその荷を下ろすことができた。彼との会話はこれが初めてだ。
 冷たく近寄り難い雰囲気を持ち合わせているが、話の仕草は案外普通であることを知り、少しだけ驚く。もっと手厳しい態度を取られるだろうと思っており、不安だったからだ。見た目の印象と、実際に目の前にした印象に差があるのは、よくあることなのだと実感できる。
 セディトはほんの少しだけ考え込むと、再び口を開いた。

「改める必要はないけれど、一応自己紹介しておこうか。俺はセディト、先陣部隊の士官を務めている。知っていると思うが、俺の部隊は最前線での戦闘任務を主としている。当然命の保証はない……覚悟はあるか?」
「勿論です。隊へ入隊した以上、すでにその覚悟は出来ています」
「それなら結構。では、明日からよろしく頼むよロア」
「はい、セディト士官」

 話を終えたセディトは、僅かに笑みを浮かべていた。ロアは少しだけ頬を赤らめながら頷く。
 椅子から立ち上がったロアはセディトへ向けて丁寧にお辞儀を行うと、士官室を後にした。



 ロア退室後、セディトの元へ一人の少年が音もなく姿を現わした。
 白藍の髪色は風に流れるよう横へ飛び跳ねており、澄んだ碧色の瞳をしている。大きめのガウンを纏った袖からは指先だけがちらりと見えていた。
 少年はソファー越しからセディトの左肩へのしかかり、彼の横顔を覗きこんだ。
 突然現れた少年の存在に、セディトは特別驚くことはなかった。
 なぜなら少年は、セディトの魔力に宿る精霊だからだ。

「ねぇセディト、あの子の魔力見た?大人しそうだけど魔力解放したら凄いよーきっと!」
「ああ、神が与えた至福と言われているらしい」
「明日から僕らと一緒に戦うの?」
「今はまだ様子見だ。俺の側にいてもらう。リム、ライルナは?」

 尋ねられた精霊 ── リムは、少し気遣いを含める声色で応えた。

「ライルナは寝てるよ。この前の疲れがまだ残っているみたい」
「そう…無理をさせたか。ライルナが起きたら伝えてくれないか?明日はロアの守護に付いてほしいと」
「いいけど、あの子を守護するの?わざわざ?」
「念のためだ。それに入ったばかりの新人に、怖い思いはさせたくないだろ」

 セディトに肯定を求めるような視線を向けられたリムは、にこりと笑みを浮かべていた。

「ふふ、セディトは優しいね!だからジェシカがつけて回るんだ。きっとあの子にヤキモチ妬くよ?」
「ジェシカの話は止せ、そのための守護だ」
「あーなるほど。彼女はしつこいからねぇ……ちゃんと言った方がいいんじゃない?」
「俺は言っているつもりなんだけどな」
「通じないの?困った人だよね……ところで明日、僕は?」

 思い付いたようにリムが尋ねると、セディトはソファーから立ち上がりながら応えた。

「リムはいつも通り、俺に付け」
「はーい」

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