魔女と暗黒騎士

【1-1】先陣部隊とロア

 ロアが初めてセディトを見たのは、特攻隊の入隊式でのことだ。
 騎士魔導隊の白雪総隊長が特攻隊の新兵に向けて祝辞の挨拶を交わすと、彼らの上官となる各部隊の士官紹介が行われていた。
 その中に先陣士官であるセディトが含まれていたわけだが、彼が壇上へ姿を現わした時、会場内の雰囲気が大きく揺れ動いたことをロアはよく覚えている。
 蒼く跳ね癖のある髪、冷たい蒼い瞳、感情は見えないが顔つきはよく整っており、黒衣を纏っている姿がとても印象的だった。
 彼が放つ異質な空気に誰もが飲まれていたのは間違いない。
 ロアの隣には友人がいた。同期である医療魔導士のアノアだ。
 彼女はセディトの姿を確認すると、ロアに声を潜めていた。

「ロアちゃん、あの人だよ。最強だって言われている魔剣士様。すごくかっこいいよね!」
「あの人が…?」
「そうだよ、なんでも魔剣士様が率いる部隊はいつも負け戦無しって話だよ、凄いよねー」
「へぇ、そうなんだ」
「イェルガ様も確か魔剣士様の部隊配属って聞いているし、私も同じ部隊に入れたら心強いのになぁ」

 アノアの言うことにロアは小さく頷いて納得していた。確かにセディトは、見た目で言えば容姿端麗で魅力ある士官だ。隊員たちの中にも男女問わず、彼のファンは多いと聞く。
 壇上の先にいるセディトは白雪に促されて、新兵へ向けて簡単な挨拶を行っていた。

「俺は特攻隊先陣士官のセディト。白雪総隊長より話があったが、特攻隊は国を守るために存在し、あらゆる脅威に立ち向かう必要がある。君たちの命の保証はできない。だからこそ特攻隊へ入った以上は、全員覚悟を持って任務へ臨んでほしい。以上だ」

 冷たい声色で淡々と発せられた言葉だったが、その中には強い意思が感じられた。ロアは遠くいながらもセディトが秘める仄かな力を感じ取っていた。生まれ持った魔力のおかげで知り得ることができた些細な情報だ。
 彼が纏うのは深い闇でもあり、煌めく光でもあった。
 セディトが壇上を去る際、ロアは彼の蒼い瞳となんとなく目が合ったような気がした。その冷たい視線に吸い込まれてしまいそうで、僅かに緊張が走る。
 この時ロアは、自分が彼の部隊へ赴くことになろうとは思ってもみなかった。



 その後、特攻隊に入ったロアの活躍は目覚しく、次々と勝利へ貢献することになった。
 申し分のない魔法威力、的確な攻撃支援は多くの味方の助けになった。それは彼女の生まれ持った高い魔力と知識に対する努力が比例して必然的な結果を伴ったといえるだろう。
 控えめな性格であったが魔法の才は群を抜いており、ロアが所属する小隊の上官は、彼女の任務姿勢に対して確かな評価を書き留めていた。



 ある日、ロアは白雪総隊長のもとへ呼ばれることとなった。

「失礼します、白雪総隊長。ロアです。お呼びでしょうか?」

 総隊長付きの秘書士官から執務室へ案内されたロアは、敬礼を行ってから入室すると、部屋奥方の執務机で公務を行う白雪の姿が目に入った。彼は総隊長専用の騎士制服を身に纏い、緑色のマントを羽織っている。普段被っている兜は机の脇に置いてあり、滅多に見ることがないだろう素顔が現れていた。
 後ろでひとつにまとめられている長髪は青、水、紫といった寒冷系色が混ざり合い、とても印象的な色合いだ。少し長めの前髪から覗く瞳はサファイア色で、色白で整った顔立ちを見ると、彼の総隊長という立場にしては相当年齢が若いように感じられた。

「待っていたよロア。さぁ座ってくれ」

 ロアの入室を認めた白雪は公務を切り上げて立ち上がる。中央の応接ソファーへロアを促すと、彼も向かい側に腰を下ろして話を続けた。

「特攻隊から君の活躍を聞いていてね。君が扱う魔法支援は我々にとって、大きな助けになっているようだ」
「お褒めの言葉をありがとうございます。私は、自分がすべき職務を遂行したまでです」
「職務遂行は大事なことだ。誰もが成そうと思っても結果が出るわけではないからね。そこで、君の活躍を見込んで先陣部隊へ配属してはどうかとの打診があったんだ」
「私が…先陣部隊へ?」
「知っていると思うが、先陣部隊はセディト率いる少数精鋭部隊だ。この部隊は軍の主力を導くための要であり、常に戦いの最前線へ投入される。それ故に最も危険が伴う配属先になるだろう」
「私は構いませんが……魔導士の私では足手まといになるのでは?先頭についていけるのか、不安があります」
「確かに、いきなり最前線へと言われても難しいことではある。だからまずはセディトの指示に従ってもらうよ。彼なら君に適した配置を考えてくれるはずだ。話は済ませておくから、今日の任務完了後、彼の士官室を訪ねてほしい」
「わかりました」

 白雪との話を終えたロアは総隊長室から退室すると、緊張していた肩を撫でおろした。まさか軍のトップに立つ白雪総隊長から直に呼ばれることになるとは思っていなかった。
 総隊長より声を掛けられたことは大変光栄なことでもあったが、一体何を告げられるのだろうかと不安でもあった。けれども自分の力が隊に認められていたことを知り、少しだけ安堵する。
 それにしても特攻隊へ入隊後まもなく、自分が先陣部隊へ異動配属されることは想定外だ。ロアは入隊してまだ3カ月ほどしか経過していない。それなりの経験を積んでいたなら理解できるが、大丈夫なのだろうか。彼女の不安は尽きない。

── 先陣部隊の士官はセディトさん……あの時の魔剣士様だ。

 ロアは入隊式で見たセディトの姿を思い出していた。
 蒼い髪に蒼い瞳、どこか冷たい印象のある士官魔剣士。
 こんなに早く彼と出会うことになろうとは、運命とはわからないものだ。

 この日の夕刻、任務を終えたロアはセディトの士官室を訪れることになる。

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