『ゴッドブレイカー』

 空間に赤い光が点在している。これらはすべて、寿命の尽きた星々だった。
 その星の一つに、双剣を手にした男が近付いた。黒髪に黒い瞳を持ち、紺色のマントを身に纏っている。表情はどこか冷たい印象だ。
 男は赤い星の前で立ち止まると、暫し見つめ、迷うことなく剣を振り上げた。そして、勢いのまま力強く振り下ろす。研ぎ澄んだ刃は星を真っ二つに断罪し、それは砕けて小さな光子を飛散させた。
 現れた光子を手中に納めながら、男は小さく呟いていた。
「…手応えがない。やはり捨て星では足りないな」


 空間を彷徨い続ける男は、しばらくして光を見つけた。
 闇が広がる中でそれはとても目立つ。誕生したばかりの星明かりだ。


 星に近づくと傍に見知らぬ男がいることに気付いたが、構わず足を踏み出した。
 案の定、星の持ち主であろう男が口を開く。その眼は明らかに疑念を抱いていた。
「貴様、俺の星に何用だ?」
「さてね………………随分と立派な光に興味が惹かれたのさ」
 考える振りをしてから応えると、目の前の男は口端を上げて笑った。どうやら言い分は正解だったらしい。
「フフ、なるほど。貴様にはこの価値がわかるようだな」
 満足気に男は自分の星明かりを披露する。白い光は幾度にも瞬き、強い煌きを放っていた。
 価値だって?馬鹿馬鹿しい事を言うものだ。
 口にはしなかったが、皮肉の混じった微笑は零れる。それを不快に思ったのか、相手は眉を吊り上げた。
「何がおかしい?」
「クク……そりゃおかしいに決まってる。お前、俺が誰だか知ってるか?」
「気に食わん奴だ、貴様のことなど知らぬ」
「そうか、だったら丁度いい。せっかくだから教えてやるよ」
 言うが早く、黒髪の男は両手の双剣を振り回す。だが相手の男も反応が良く、間一髪で銀閃を避けた。しかし、顔に浮かんだ驚愕を隠すことはできなかったらしい。
「貴様!いったい何の真似だ!?」
「まだわからないのか?俺はな……ゴッドブレイカーだよ!」
 ニヤリと笑みを浮かべた男 ―― ゴ ッドブレイカーは、目の前にいる男の隙を見て剣戟を放つ。男は咄嗟に手中から武器を創り上げ、攻撃を受け止めた。
 男が手にしているのは細身のレイピアだった。
 対してゴッドブレイカーが扱うのは対をなす双剣。
 力や経験から言わせれば、最初から相手の男に勝ち目はなかった。

 がぎんっ!

 鋭い金属音が辺りに響いた。見れば男が手にしていたレイピアが見事に折れてしまっている。淡い光を拡散させたそれはすぐに消滅した。
 彼はたじろぎながらも次の武器を取り出そうとするが、目の前に迫る気配に集中力が欠けてしまう。何も創ることが出来ないまま、ただただ後ずさりをして、ゴッドブレイカーを睨むしかなかった。
 それを受けたゴッドブレイカーは、なんでもないことのように笑い声を上げて言葉を続けた。
「はは!安心しろよ。俺に勝てないのは皆同じだ」
「こっ…こんな勝手なことをしていいと思って…」
「まったく、本当に何もわかってねーなぁ」
 僅かに震える男の言葉を遮り、ゴッドブレイカーは双剣の片方を差し向けた。うっすら不気味な笑みを浮かべながら、空いているもう一つの刃を動かす。
 その剣が狙うものを知った男は蒼然となった。
「おい…まさか貴様、俺の星を壊すつもりか?」
「そうだが?」
 さも当然のようにゴッドブレイカーが応えると、男の感情は一気に高騰した。
「馬鹿な!貴様は破壊神だろっ!破壊神が壊していいのは死んだ星だけだ!!」
「これだから新生神は困る……言っただろ?俺はゴッドブレイカーだって。つまり俺は、神を“壊せる”」
「なっ…!?」
「お前たち創造神にはない特権が俺にはあるってわけだ。まぁしかし」
 ゴッドブレイカーは双剣を振り上げる。創造神である男は、その光景を眺めることしかできなかった。
 刃を当てられた星は今まで以上の閃光を解き放って、粉々に砕かれる。辺りに散った光の粒子はゴッドブレイカーの元に集まり、吸収された。
「……新星にしては悪くない」
 手に入れた光子の力を感じて一人呟くと、改めて創造神に漆黒の瞳を向けた。男は信じられないといった表情を浮かべて、言葉を失っていた。
「俺はお前を壊すこともできるが、そうはしない。俺が欲しいのは星の力だけだからな」
 ゴッドブレイカーは憔悴する男をしばらく眺め、やがて踵を返し、ふわりと浮く。
「……いったい、何のために…」
 去り際になって背中から小さな声が届いたが、ゴッドブレイカーは何も答えないまま姿を消した。



「おぬしも相変わらずよのぅ」
 空間を漂っていると悠長な声が響いてきた。少し低めな声色と特徴的な口調は、わざわざ振り返らずとも相手の姿を容易に思い浮かべることができる。出来ることなら絡みたくない相手だった。
「俺に何の用だ」
 ゴッドブレイカーがバツの悪そうな顔で言葉を返す。視線の先には想像通りの人物がいた。
 頭には大きな帽子を被っており、中央に分けた前髪は真っ白だ。そこにある肌も一際白い。両方の目元には裂傷ような刺青があり、宝石にも似た赤い瞳がこちらを覗いている。衣服は赤地に白銀の刺繍が施されたもので、程良い露出は美しい身体のラインを引き立てていた。赤と白は彼女のイメージカラーだ。統一感のある色合いは高貴な雰囲気を漂わせているように見える。
 相手が機嫌を損ねていることには微塵も気にせず、彼女は笑みを浮かべていた。
「別に用など無い。わらわは死星を探していただけじゃ」
 そう言うと、近くにあった赤い光に片手を翳す。見えない力を注がれた光は一瞬にして拡散し、光子をばら撒いた。手中に集められたそれは己の力に変換される。
 彼女も破壊神だった。

 死星と呼ばれる星は文字通り死んだ星のことを指した。無の空間にはさまざまな星が存在するわけだが、大きく3種類に分けることができる。
 一つは命の無い星。ある時突如、無の空間に現れるのがこの星だった。すべての星の原点はここにあるのだろう。
 二つ目は命のある星。命の無い星に創造神が力を与えることで誕生する星で、命を得て間もない星は新星とも呼ばれている。
 三つ目は死んだ星。死星は星の命が尽きた姿だった。
 比率では命の無い星が空間の大半を占めている。続いて多いのが死星。それと同等に命のある星が存在する。新星と死星は命の無い星よりもずっと少ないのだが、数に換算すると膨大なものだった。

「フフ、やはり死星の力は良いものだ。ロストよ、なぜおぬしにはわからぬのだ?」
 吸収した力に満足した破壊神は、自分と同類であるゴッドブレイカーに尋ねた。名前を呼ばれたゴッドブレイカー ―― 破壊神ロストノヴィーはますます居心地の悪そうな表情を浮かべ、投げるように言葉を吐く。
「それはこっちのセリフだ。死星なんて所詮は創造神が捨てたゴミ……そんなものが好物だとは反吐が出るぜ」
「失敬な奴だのぅ。死を迎えた星こそ素晴らしい力を秘めているというのに」
「素晴らしい力だって?それこそ下らねーな。俺達破壊神は創造神の落とした餌に縋るペットじゃないんだ」
 ロストノヴィーは怒りを募らせていた。破壊神は死星を消滅させる役目を持っている。それ自体は別に構わない。問題なのは、創造神がそれらを創り出していることだ。
 創造神が創り出す星はいずれは死星となる。そして死星は早いうちに破壊神が消滅させないと、空間のバランスが崩れてしまう……と言われている。本当かどうかは知らないが。
「だいたい奴らは無駄な命を与え過ぎなんだよ。お陰でいつまで経っても死星が減らない」
「死星は我ら破壊神に力をもたらす。そう考えれば割に合ったことではないのか?」
「わかってねーな。ベル、最近の創造神は馬鹿ばかりだ。好き勝手命を与えて、飽きたら俺に『もういらないから壊してくれ』なんて放棄する奴もいる」
「死星が増えるなら、わらわは別に構わないぞ」
 破壊神ベル、いや ―― 破壊神アランシーベルンは平然と呟く。どうやら彼女は本気で死星にしか興味がないらしい。確かに、死星の力は破壊神にとって必要なものだった。好き嫌いがあるにしても、自分たちをこの空間に維持させるためには欠かせないものだ。
 だが、ロストノヴィーにしてみれば創造神が抱える新星の方がずっと吸収し甲斐がある。
「無駄な星を増やすくらいなら早く壊してしまった方がいい。俺は親切で壊してやってるんだぜ?それに新星の力は死星の何倍も違う」
 ロストノヴィーはさきほど手に入れた光を思い出すように、自分の拳を握った。アランシーベルンは無関心な表情を浮かべて言葉を返す。
「まぁ、おぬしが新生神をどうしようが知ったことではない。だが、あまり彼らをいじめるでないぞ?わらわが得る死星が減っては困るからな」
「クク、安心しろよ。破壊神の存在は奴らより極端に少ない……俺一人暴れたところで数に大差なんてないさ」
「確かに」
 ロストノヴィーの皮肉めいた言葉に、アランシーベルンは頷くと何やら意味深な微笑を浮かべた。
「しかし、おぬしも物好きな奴だのぅ」
「物好き?」
「フフフ、これでは自ら新生神の教育係を買っているようなものではないか。一度あんな目に遭えば誰でも真面目になるものじゃ」
「けっ!馬鹿馬鹿しい……俺は俺のしたいようにやっているだけだ」
「そう照れなくても良いのに」
「ったく、しつこい奴だな。もう用がないならとっとと行きやがれよ!でないと俺は貴様を壊すぞ?」
「おお、それは怖いな」
 アランシーベルンはたいして怯える様子もなく、振りだけで身を丸めてみせた。苛立っているロストノヴィーは双剣を揺らし、鋭い眼力だけで言葉を交わす。あまりふざけていると本気で痛い目に遭わせるぜ?黒い破壊神はそう語っていた。
 漆黒の戦慄を受けた破壊神はようやく遊びを止めることにした。本当は、この相手にあまり冗談が通じないことを彼女は知っている。だからこそ面白いと思ってしまうのが彼女の悪い癖でもあった。しかし、退き際を誤ることはない。
「そろそろわらわも行くとしよう。ではな、ロスト」
 そう言うと、破壊神アランシーベルンはふらりと影を漂わせてその場を去って行った。

「まったく、本当に疲れる奴だ…」
 彼女がいなくなってから、ロストノヴィーは一人毒づいた。