炎を司りし サラマンダー

白い砂丘にただ一点、赤く黒いもの。
それは砂漠に唯一存在する火山岩で形成された洞窟だ。
人はここを火精霊の洞窟と呼ぶ。



灼熱の炎が至る所で燃え上がる。
地獄の業火ともいえるこの場所を住処とする者。
洞窟の奥に沸き上がる溶岩に彼はいる。

火精霊サラマンダー。

その姿は龍であり、背びれから尾にかけて揺らめくのは紅き炎。
緋色の瞳は刃のように鋭く、睨まれた者は恐れを為すのだろう。

しかし彼は理解できなかった。
―― なぜ、人は我を見るなり逃げ出してしまうのか?
自分の身なりが人にとって恐怖を抱かせていることは分かっている。
だからといって…。
―― 我の領域に入ってきたのは汝らではないか?
勝手に余所に立ち入りながら、逃げ出すとはどういうことか。
用件があるなら素直に話せばいいものを、絶叫だけを残して去ってしまう。
どうにも理解し難い人という生き物の行為。

一度自分に遭遇した彼らは決まってこう言うのだ。
「火精霊は人を嫌っている。だから人の望みを託すのは不可能だ」
一体誰がいつそんなことを言ったのか。
イライラが募り、溜まらず洞窟全域が震えるほどの咆哮を唸らせた。
きっと外では天変地異か異常事態かと大騒ぎしていることだろう。
そこへ聞こえてきたのは、くすくすと笑う声だった。
「相変わらず、君は不器用なんだね」
こちらを見上げる、一見普通の人と変わらない若者の姿。
けれどその若者は自分と同じ類、炎を司る者。

「貴方も変わらず、嫌みを含んだその性格は治らないのか」
「嫌み? 私にそんなつもりはないんだけどなぁ…君はもう少し笑ったら?」
「今笑う必要はない。そうやって貴方はいつもからかってくる…」
「アドバイスだよ、人と共存するためのね。君だっていつまでもこの調子でいるつもりじゃないだろう?」
「……人との共存…果たしてそれは可能なのだろうか」
「出来るか出来ないか、これは不可の問題じゃない。大切なのは私達と人々の意志」
「成る程…」
「それじゃあ、早速練習してみるかい?」
「練習とは…?」
「人に優しく接する練習さ。ほら…そうやって睨むから皆逃げるんだよ」
「………」

同じ主のもとで誕生し、同じ類であるはずなのに、こうまで違いがあるのはなぜだろう。
そんなことを考えると無性にむしゃくしゃしてきたので、最後にもう一度大きな咆哮を挙げた。

すると。

「わぁああああ~っ!!」
「火精霊が怒ってるよ!?」
「は、早くここから逃げるぞ!」

洞窟に来ていたであろう人の叫び声である。
その木霊を聞いて、傍にいた若者はおかしそうに笑った。

火精霊サラマンダー。
彼が人を理解するには……まだまだ時間が掛かりそうだ。