命を司りし ルハイア
また、一つの命がココにやって来た。
迷える者が辿り着く先はただ一つ。
それは深い深い闇の底…。
遠くの方から二つの光がふわふわと飛んでくる。
くるくると旋回し、迷える者を見つけてはあっという間に取り囲んでしまった。
近づいてくるなり妙に明るい声が辺りに響く。
「迷魂さん、はっけーん!」
「はっけーん!」
ふわふわ飛んでいる光の正体は幼い二人の子どもだった。
一人は青色の髪をした男の子。
もう一人は桃色の髪をした女の子。
顔がそっくりなところからみると、双子の兄妹らしい。
二人はくるくると迷える者を囲みながら楽しそうに飛び回る。
大抵の者はここで尋ねるのだろう。
『ここはどこだ?』『君達は誰なんだ?』と。
すると、二人は決まったようにこう応える。
「ボクはリュオン!」
「アタシはマルル!」
「ボクらは迷魂を狭間の館へ導く水先案内人でーす!」
ここはどこなのだろう。双子の彼らは何者なのだろうか。現状がよくわからないまま迷える者はとある場所へと案内された。
深い闇の底にひっそりと見えたのは一件の古びた屋敷。周りに木々や雑草やらが生えてはいるが、それ以外特に何もない。いったいここに何があるというのか。
双子の兄の方、リュオンは屋敷の扉に手を掛けながら言った。
「ここが生と死を司る狭間の館で~す」
「館なので~す」
リュオンの言葉を真似るように語尾だけを紡いだのは妹のマルルだ。
「迷魂の先未来(さきみち)は、すべてルーア様の決定にあり~なのです」
「なのです」
「ではでは館の中へどうぞ~」
「どうぞ~」
双子の言われるままに迷える者は屋敷の中へ足を踏み入れた。
「ルーア様~!迷魂さんを連れてきました~」
「連れてきました~」
双子に案内されたのは広い部屋だった。薄暗くて何も見えない。
けれど、仄かに光が灯っている場所が一カ所だけぼんやりと浮かび上がっている。
何も反応がないので双子はふわりと飛んで明かりの下へと近づいた。
「ルーア様、迷魂さんです」
「迷魂さんです」
そこにいたのは黒いフードを被り、全身も黒いマントに包まれている男だった。
双子の声を耳にすると、男は片手に持っていた本をパタンと閉じる。ようやくこちらに気付いたようで、溜め息を付きながら呟いた。
「お前達、あれほどその名で呼ぶなと言っただろう?」
「だってルーア様の方が呼びやすいです」
「です」
「…たく、仕方のない子だ。それで、そこにいるのが新たな迷魂か」
ツカツカと歩み寄ってくる男は迷える者をしばらくじーっと眺めていた。その瞳は深い碧色で、髪はオリーブグリーン。フードのせいではっきりとした表情は伺えないが、見たところ若者だ。
男は再び本を開くなり、突然問いかける。
「お前は生きるのか? それとも死ぬのか? 答は唯一つ、決めるのはお前自身だ」
何を言っているのだろうと迷える者は小首を傾げた。
というのも、気付いたときにはここにいたのだ。そういえば…と、迷える者は確か、ここに来る前はいつものように職場へ向かう途中だったことを思い出した。今頃は気だるい気力を振り切っていそいそと仕事に励んでいるはずだった。
なぜ自分はここにいるのだろう?
男に問われた言葉の意味がよくわからなかった。
迷える者が戸惑う様子に男は不審気に彼を睨んでいた。
「…二人から何も聞いていないのか?」
こくりと頷くと、男は大きな溜め息を付きながら双子の顔を見る。
「お前達、迷魂には屋敷に辿り着くまでにすべて説明しろと言ったはずだが?」
「あ、忘れてました…」
「ました…」
ぽわわんとする双子に呆れた表情で頭を抱えると男は「…まぁいい、あれを用意しろ」と促した。
迷える者は男に尋ねた。
ここはいったいどこなのか?
貴方達は何者なのか?
今から自分はどうなってしまうのか?
双子から聞けなかった答を男は淡々と語り出す。
「今のお前は一つの魂に過ぎない。おそらく自分の世界で何か大きな衝撃があってそうなってしまったのだろう。魂のみの存在となった者は迷魂となってあらゆる空間を彷徨い続ける」
迷える者は信じられないという表情で男を見る。
迷魂となった自分はすでに死んでしまっていたのか、と。
「死んではいない。だが生きてもいない。それが迷魂。しかし、このまま彷徨い続ければいずれは消滅するだろう」
一瞬身体を震わせ、迷える者は期待を求む表情になった。自分はもとの世界に帰れるのだろうか。
男は真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「お前がそう望むのなら。ここはそんな迷魂達の為にある『生と死の狭間』なのだ。
私はここの管理人・ルハイア、あの双子は迷魂を導くための案内人。
彷徨う迷魂はすべてここで生と死に弔われる。生きる者は生界へ、死ぬ者は死界へ…」
それを聞いてパッと喜びを浮かべる迷える者に男はさらに言葉を続けた。
「だが、生を選んでももとに戻れるとは限らない。救いになるとは限らない。なぜなら…? 姿が変わっても、自我がなくても、命があればそれだけで『生』として扱われるからだ」
死は言葉の通り、説明は必要ないだろう、そう言って男はすっと片手を仰いで何かを唱え始めた。
「リュオン、マルル」
「はい、準備は出来ました~」
「出来ました~」
男に呼ばれた双子はくるくると何かを描きながら現れた。
その足下には光輝く魔法陣。金糸の線には様々な記号のようなものが絡み合い、一層光を強くしている。
それはだんだん大きくなり、やがて屋敷全体までも呑み込むほどに広がって。
金色の光に包まれた部屋の中で男・ルハイアは言った。
「さぁ、お前が望むのは生か死か……どちらだ?」
「―――」
答を出したとき、迷える者の意識はふっと消滅した。
魔法陣の閃光は瞬時におさまった。残されたのはいつもと変わらない館の中。
双子の兄妹はうきうきした表情で管理人の男・ルハイアの傍へ寄る。
「ルーア様、あの人はどっちの世界に行ったのかな~?」
「行ったのかな~?」
「…さぁな」
仕事を終えたルハイアはすたすたと歩き出す。向かったのは彼が定位置として過ごすことが多い本棚の前。僅かな明かりのもとで部屋の中は薄暗かった。しかし明かりは迷魂のために設置してあるだけで、ルハイアと双子にとっては意味のないものだった。彼らには手に取るように館の内装を熟知している。
ルハイアはいつものように本を読み始めていた。そうしてしばらくすると、彼は不意に顔を上げる。
「また来た……」
その呟きに双子は顔を見合せて、にこにこと笑う。
「きっと迷魂さんだよね」
「うん、迷魂さんだね」
ぼんやりと本のページをめくったルハイアは二人に告げた。
「リュオン、マルル、迎えに行ってやれ」
「はーい!」
双子がぱたぱたと出ていくと、ルハイアは大きく息を吐きながら本の続きを読み始めた。
今宵も迷える者のために、狭間の館はひっそりと闇の淵に佇んでいた。