Story - Despir -

Despir - 3 -

明くる日。
ガイアスは再び魔王エルガナスの元へやって来た。
表情は依然と相変わらず、瞳には宿怨の炎が灯されている。
「父さま、今日はすべてに答えてもらう」
毅然とした態度で口を開いたガイアス。
―― 今日こそは胸に渦巻き続ける疑問を問いただすんだ。
そう決意を固めていた。
エルガナスは少し眉を顰めて息子の顔をじっと見る。
しばらく黙ったまま王座から立ち上がり、窓際に行くと外を眺めた。
ガイアスに背を向けたままエルガナスは静かに言葉を返す。
「…私に何が聞きたい」
「なぜ…父さまは病の母さまを放っておく?いや…病じゃなくともずっと昔からあんたはそうだった。母さまだけじゃない、俺のことさえ今まで少しも見てくれず評価もしない…いったいなぜだ?」
「確かに私は…お前達のことを見ることはなかった。昔も今もそれは変わらないだろう」
「ふざけるな!あんたは自覚しているのか?母さまはあんたの連れ合いで、俺はあんたの子供なんだ!」
「ああそうだ。私はシフィグの夫、ガイアス…お前に血を分けた父親。しかしそれは本当の真実ではない」
「何だって…?」
「お前は勘違いをしている、私達が真の家族であると。お前がそう思うのは無理もない。だが間違いだ」
「どういう意味だ!?」
「お前が知りたいというのなら、私はすべてを包み隠さず話そう…」

……………

「嘘だ…そんなこと信じられるか…!」
「嘘ではない。これらはすべて真実…私の過去であり、お前が問う答だ」
魔王エルガナスから紡がれた言葉にガイアスは愕然とする。
初めて聞かされたのは信じ難い事ばかりだった。

魔王エルガナスがずっと愛し続けているのは王妃シフィグではなく天界の天使だった。
彼はシフィグを后として迎える以前、天使との子どもをもうけていた。
しかしそれは悪魔と天使の間で誕生した禁忌の子。
汚名を受けた子どもは人間界に堕とされてしまったのだ。
エルガナスは両界の掟により愛する天使と強制的に引き裂かれてしまう。
その後、家臣達の提案より強引にシフィグを后として迎えたという。
「私は最初からシフィグにすべてを話した。お前を愛することは出来ないと。彼女はそれを了解したうえで私の后となった」
「そんな…馬鹿な…!」
真実を明かされたガイアスは混乱し、言葉を失う。
なぜなら…エルガナスにとって自分は望まれた存在ではないのだ。
「私はシフィグを気遣うことは出来ない。そうすることで彼女に余計な期待をさせてしまう」
「…だったらどうして結婚なんかしたんだよ…!!」
「言ったはずだ。私は魔王、いずれ後継者が必要になる。そのために家臣が企てた政略結婚なのだと」
「………」
「………そろそろ時が来たようだ。ガイアス…今日からお前が魔界を統率しろ」
「!何を突然…」
「言葉通り。すべてを話してしまった以上、私がここにいる意味はない。そうなのだろう?ヴァドラ…」
エルガナスが扉の方に視線を向ける。
その先に魔王家臣である一人の男が姿を現した。
ヴァドラと呼ばれた男は冷淡な笑みを浮かべながら応える。
「さすがは魔王様…我々のことをよくわかっていらっしゃいますね」
「わかっている…?良く言えた口だな、こうなるように仕向けたのはお前達なのに」
「ふふ…悪く思わないでください。これも魔界オルセイアのためなのですから」
「………」
エルガナスは鋭い眼光でヴァドラを睨み、扉へと向かった。
「父さまどこへ!?」
思わず呼び止めるガイアスの声に一度足を止め、振り返ることなく応える。
「お前に言う必要はない」
そう言い残しこの場を去っていった。
彼を見届けてから家臣のヴァドラがガイアスに近付く。
「さぁガイアス様、今日からあなたが事実上魔王なのです。正式に魔王となるのは魔剣を扱えるようになってからですが」
「俺が魔王…?」
「ええ、たった今エルガナス様はあなたに王権を遷されましたからね。何か不満でも?」
「いや…ない。でも、俺は何をすれば…突然魔王なんて言われても……」
「心配はご無用。オルセイアで代々魔王家臣として務めてきた我々がガイアス様を補佐いたしますのでお任せください」
ヴァドラはその場で跪いて忠誠を示した。
不安を浮かべていたガイアスは戸惑いながら小さく頷く。
「わかったよ。けど…父さまはどうして…」
「…悪いことは言いたくありませんが、エルガナス様は代々魔王としての名を汚しました」
「それは…父さまの愛した人は天使だったから?」
「その通りでございます。そんな方に魔界を統治することなど出来るはずがありません。だから息子である貴方に魔界の未来を託したのでしょう」
急な展開ではあったが家臣ヴァドラの言葉にガイアスはようやく落ち着きを取り戻す。
しかし。
―― 父さまは本気なのか…?本気で天使のことを…?
ガイアスにはエルガナスの行動も考えもすべてが理解できなかった。



こうして新たな時代が幕開けとなる。



END