Story - Disaster -

- 3 -

そして日は訪れた。 相変わらずいつもと変わらない表情でエルガナスは王座に座っていた。
違うといえば、様々に装飾された礼服を身に纏っているということ。
そして、周りには緊張感ある雰囲気が漂っているということ。
仕える家臣達も皆礼服を着こなし体裁良く王の間に並ぶ。
中央から王座まで一直線に続く赤いビロードの絨毯。
ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる一人の女性がいた。
黒いドレスに身を包み、白のベールに被われた、黒髪の美しい悪魔。
不覚にもエルガナスが迎えてしまった日。
それは王妃を迎える結婚式であった。





式が終わり与えられた一室。
エルガナスは初めて自分の后となった悪魔と言葉を交わした。
というのも、式を迎えるまで互いに顔を合わせた事はなく、相手の姿を見たのは今日が初めてだった。
先に口を開いたのは今し方后となった悪魔。
「魔王エルガナス様、お初にお見えにかかります。この度后となりました私はシフィグと申します」
そう言って彼女は丁寧に挨拶をした。
エルガナスはただ表情を変えることなく后シフィグを見る。
シフィグは家臣達が魔王に相応しい后として選考された悪魔であった。
その出身も掠めることなく由緒正しき家柄の娘であり、彼女の頭にある角がその身分を象徴している。
彼女は真っ直ぐにエルガナスを見つめて言った。
「この先々、どうぞよろしくお願いいたします」
その可憐な仕草にエルガナスは一度目を細めた。
外見を見れば、確かにシフィグはどの悪魔よりも美しい美貌を兼ね備えていた。
仕草もお淑やかでまさにお嬢様という風柄。
けれど、エルガナスは大きく溜め息を付くしかなかった。
なぜなら自分が必要としているのは彼女ではない。
簡単に心変わりなんて出来るはずがないのだ。
そんな彼の様子を伺ってシフィグは不安そうに尋ねる。
「あの、私では…后としてお気に召しませんでしたか…?」
その問いには答えず、エルガナスは尋ね返した。
「お前は私と一緒になるのが嬉しいのか?」
「もちろんです。魔界を統べる魔王様の元へ嫁げるのならばとても光栄な事です」
シフィグは笑顔を浮かべてはっきりと意思を述べる。
その答えにエルガナスはあまり良い気はしなかった。
「それは私が魔王だからか?魔王という称号がなければ喜びも何も感じないということか…」
「い、いえ!そういうわけでは…例え称号がなくともエルガナス様は素敵なお方だと思います」
「そうか…」
エルガナスはただシフィグを真っ直ぐに見つめる。
彼の瞳に見えているのはただ一人。
しかし、それは目の前にいる王妃ではない。
今は遠き場所にいる白い翼を持つ愛しい者。
―― 無理だ、あり得ない。私には彼女以外考えられない…。
エルガナスは一度瞳を伏せた。
そして再び后となったばかりのシフィグの顔を見つめ、自分の意思を告げる。
「先に言っておく。私は例え后になろうともシフィグ…お前を愛することは出来ない」
「え…?」
思いがけない言葉にシフィグは最初呆然とするしかなかった。
今日初めて顔を合わせたばかりなのに、なぜそんな宣告をするのか。
けれどすぐに考え直す。
お互い出逢ったばかりであるから混乱しているのだ。
何も知らない者同士である今の状態でそう言われるのも無理はない。
しかし、いずれ時が経てばきっと自分のことをきちんと見てくれるはず。
そう胸に刻んでシフィグはエルガナスの言葉を深く考えることはなかった。
この先に待つ運命を、彼女はまだ何も知らない。


end