Other Side Story 兄と親友

見えない光 あとがき

 「Other Side Story 見えない光」を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
 この物語は、Endear本編の番外編として、主人公ルインと最も関わりの深いキャラクター・レイエを中心とした、彼の過去に関わる物語でした(一言で表すと、彼の成長記録のような…)。
 構想自体は2005年頃に作られました(過去に描いたラフ絵の日付より確認。最近までいつ構想したのかさえ忘れていました…!><)。
 物語は構想が出てきた時に書き綴っていましたが、その途中で行き詰まったため、長い間データが放置されていました。
 しかし最近になって、キャラクターに対する想いがいろいろあったことから再び「続きを書いてみよう」と、この物語へ向き合う気持ちが出てきたため、2023年1月末~2月頭より執筆を再開しました。
 昔に行き詰まった場面をもう一度考えることはなかなか難しいことで、その先へ進むための情景が思うようにイメージ出来ず、書き始めは苦労しましたが、改めて自分が考えたEndearという物語中での時間軸背景や登場キャラクターの設定を見直すことで、少しずつ新しい場面や先への展開が思い浮かび、物語の続きを繋げることができました。
 再開のきっかけとなった、この物語の主人公である蒼い髪の少年・蒼炎の狼・レイエというキャラクターが、私を作者として最後までひとつの創作作品を書かせてくれたのかなと思います。
 続きを書こうと決めた時、最終話はレイエが取り戻した明るいイメージで終わりたいと考えており、彼が成長して一番楽しい時間、充実していた時間を思い描いて、この物語を締め括る一場面として選んで書きました。彼の過去から未来への生き方が少しでも伝わってもらえると嬉しいです。

 完結といっても、まだまだ書ききれなかった部分は多々ありまして(レイエが名前を明かした後の生活や風星剣の話、ジークに拾われた時の話など)、そのあたりは今後、また別のOSS短編として書けたらいいかなぁ…と考えております。
 とりあえずは一区切りということで。

 「見えない光」をEndearの世界観のひとつとして感じていただき、物語を少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 以上、あとがきのご挨拶とさせていただきます。

 2023.3.25 さいら竜稀





以下は、「見えない光」の主な物語設定(登場キャラクター紹介、物語中の補足等)と作者コメントを置いておきます。
思うことがありすぎて、かなり長々と語ってしまっていますので……もしお時間がある方や興味がある方は、どうぞお読みくださいませ。
※後日、このページ下部より、おまけのエピローグ(最終話の続きを少しだけ書いたもの)の掲載を予定しております。

【主な物語設定】

◆蒼い髪蒼い瞳の少年/蒼炎の狼/レイエ・ラーズ(9歳位)
主な設定:髪/蒼、瞳/蒼、特殊/魔力無し、クラス/レンヴィット戦闘員兼暗殺者、武器/剣・短刀(二刀流)
※6話目終盤(起きた後):18歳位、職/騎士魔導隊・第2部隊士官剣士、武器/風星剣

幼い頃に犯罪組織・血塗られた剣≪レンヴィット≫リーダーのジークフレアに拾われ、組織の一員となる。
運動神経の良さから戦闘員として鍛えられており、子供ながら殺人もやり遂げていた。ジークの直接指示により任務を遂行する。
組織に連れられた当初、クリスの暗示により感情を押し込まれており、いつしかそれが普通となってしまったことから感情の起伏が薄れている。
特務隊として組織を追うアルゼフィートによって捕縛されて以降、組織を守るために黙秘を続けていた(暗示のせいでもある)が、アルゼフィートの度重なる干渉により、少しずつ自分が持つ意思を取り戻し始めた。
本来は物怖じしない性格(5話目終盤クリスの回想より、ジークに対し生意気な口を利いている)。アルゼフィートの影響により前向きな考え方を持ち、明るい振舞いをするようになる。
6話目終盤、成長したレイエはアルゼフィートに紹介された喫茶店の二階で暮らし続けており、マスターとはすっかり打ち解けているようだ。喫茶店で朝食を済ませてから、朝起きられないルインを起こすため、毎朝彼女の部屋へ通う日々を過ごしている。

◇作者より
この物語を再開するきっかけとなったレイエくん。彼を書く上で一番大変だったのは、Endear本編でも同じ流れでしたが、物語の初めから最後までほぼ名前を書けないことでした……ずっと“少年”表記。辛すぎた…!!(T_T) なぜ君はいつも名前を書かせてくれないんだー!(自分が決めた構想のせいなのですがっ!)
しかしながら、彼の成長と変貌ぶりは本当に凄かったんだなぁと自分で書いておきながらしみじみと感じる作者であります。寡黙だった少年が、ルインと出会う頃には組織にいた過去を感じさせない明るい少年~青年へと変わっています。すべてはルインの兄アルゼフィートに出会ったことが始まりであり、レイエの性格や立ち振る舞いの中にはルイン兄の影響が大きく引き継がれており、アルゼ→レイエ→ルインの順にその影響が続きます。
Endear本編が終わらないことにはまだ書けない部分がありますが、過去編での彼の活躍(主にルインとの関係)をお待ちいただければと思います。
ちなみにレイエは、魔力無しを除けばかなり強い戦闘能力保持者です。組織で鍛えられた事も大きいですが、彼は生まれつき天才肌的なところがあり、運動神経良し、賢く物覚えも早いため身に付いた力でもあります。



◆黒髪の青年/アルゼフィート・ルオシェイド(18歳位)
主な設定:髪/紫黒、瞳/紫、職/治安警備隊士官兼特務隊隊長、クラス/魔剣士、潜在属性/炎・闇・光、武器/治安警備用の長剣・赤い剣(エンドフェンサー)

本編主人公ルインの実兄である。エンデバーグ王国軍の騎士として第1部隊・治安警備隊に従事する士官(つまりは警察官)。
有能な魔剣士であるため、国を脅かす犯罪組織レンヴィットを捕まえるために特務隊隊長を務めることになる。
ある夜、組織の計画を聞きつけて、特務隊による捕縛作戦にて部下と共にエラハド達を追い詰めるが、刺客となって現れた蒼い髪の少年に追跡を阻まれ、代わりに彼を捕縛することになった。
黙秘する少年と接するうち、妹ルインの影を重ねるようになり、少年を変えようと決意する。
性格は真面目であり、一度決めたことは最後まで成し遂げようとするため若干融通の利かないところがある。この辺りはルインの性格と酷似している。
彼がルインと異なる点は、周りに社交的であり、過去よりも未来へ進むことを中心に物事を考えるところだろう。負の感情があってもそれを憎しみには変えず、明るい未来への糧にしようとする前向きな思考の持ち主である。
物語には詳しく書かれていないが実は多趣味であり、街中散策(職業柄でもある)、魔法具作り(クリエーターと同じ、レイエに付けた枷輪を自作)が得意だったり、武器コレクターでもある。手持ち武器は2種類あるが、時と場合で使い分けており、赤い剣(エンドフェンサー)は街中であまり使用しない。
レイエに付けた枷輪について、逃亡防止の魔法制御には条件があるが、いずれも彼がレイエを連れて外出する時のみ機能させている。

◇作者より
当初ルインは一人っ子の設定でしたが「お兄ちゃんが欲しいなぁ…」という作者希望により、優秀な兄ができたという経緯でした。
兄は魔剣士という希少クラス設定で、何でも出来てしまう優等生タイプです。
性格についてはルインとは逆位置にあり、真面目さや正義感は似ていますが、明るくて社交的・世話好き・とても頼れる年上のお兄ちゃん!という感じを目指しました。人当たりが良く、上司や部下からも信頼されています。
レイエの運命を闇から光へ変えてしまったアルゼフィートは、実は物語史上一番凄いキャラクターなのではないか!?と作者は思っています。レイエの信頼を得て、性格・考え方・戦い方を変えてしまい、最後は自分の大切な妹を任せるという…! 実はすべてルインのためにレイエを変えたのでは…という考え方もありそうな。
そんなルイン兄ですが、レイエに対しては飴と鞭を使い分けていたような気がします……厳しいようで甘いというか。魔力無しに魔法ダメージを与えて脅す対応を取りつつも、食事やお菓子で気を惹いてみたり。彼の根気強さも相まった結果、レイエを降参させた気がします。
今回は名前を明かす時点までの物語となりましたが、その後の関わりの方も深いため、今後また機会があれば書いていきたいなと思います。



◆血塗られた剣≪レンヴィット≫の名前
「血塗られた剣」は、殺人も実行する組織であることから付けられた通称名として。
「レンヴィット」は、適当に響きだけで付けたもので、「血塗られた剣」と書いて、「レンヴィット」と読むイメージで考えたものとなる。
物語の表記は、血塗られた剣≪レンヴィット≫あるいは≪血塗られた剣≫レンヴィット、と場面でバラつきがあるが、どちらでも良くて、表記に正解があるわけではない(つまりは適当である…;)。


◆ジークフレア(20歳代後半)
主な設定:髪/ブロンド(金)、瞳/琥珀、クラス/レンヴィット指揮官兼戦闘員、武器/片刃の双剣

組織のリーダー。数年前に幼いレイエを見かけて手駒に使えると判断し、組織へ連れ帰った。
口が悪く性格は非情で冷徹。リーダーとして絶対的権力を保持し、組織の任務指示を全て行っている。基本は指揮官だが、自ら戦闘員として出向くこともある。
エンデバーグ騎士として国に従事した過去があるが、規律に飽きて退役。その後レンヴィットととして国へ反旗を翻すようになったようだ。
物語中に彼の戦闘場面はないが、強さは組織一。剣技は二刀流であり、体術・武術にも優れている。
レイエのことは有能な道具としか見ていないが、失った時に改めて彼が特別優秀だったことを実感している。
クリスとは恋人のような関係を築いているように見えるが、彼のクリスに対する本心は不明である。遊んでいる、というわけでもなさそうだが…。


◆エラハド(20歳代前半)
主な設定:髪/深緑、瞳/漆黒、クラス/レンヴィット暗殺者兼密偵員、武器/片手剣・爪具ほか

ジークに次ぐ戦闘力保持者で、暗殺業や隠密行動を得意とする密偵員。
任務を行う時は必ず部下を2名ほど引き連れている。部下への教育を徹底的に行っているため、彼らとの連携は言葉交わさずとも実行出来るレベルにあるようだ(2話目の戦闘描写より)。
普段口数は少ないが、口を開くと辛口な言動が目立つ。ジークに唯一物を言える立場であるものの、彼に逆らう気は一切無い。
レイエに戦闘術を教え込んだ人物であり、彼の身体能力においては評価しているようだ。
顔を隠しているのは闇に紛れて暗殺業を遂行するためで、国の治安部隊の足を付かせないためでもある。
任務遂行のため小型の武器を好み、手持ちの剣と爪具のほかにも小刀・導線・爆弾など種類は幅広く、服の中に色々隠し持っているらしい。


◆クリストファー(20歳代前半)
主な設定:髪/赤茶、瞳/茜色、クラス/レンヴィット暗示使い兼工作員、武器/無し(不明)

ジークに寄り添う美女で、彼に好意を寄せている。ジーク自身の本心は不明だが、彼にどう思われようと側にいたいと思っているようだ。
性格はどこかマイペースで、自分の色気を使って異性をからかう傾向がある。
任務においては実戦に参加せず、任務前段階の工作準備等に加担しており、暗示術を得意としている。暗示を使って部下を操作することもある。
レイエが来た当初、戦闘術を叩き込む際に感情が邪魔になるため、最初の暗示を掛けていた。その後、国の特務隊編成を聞いたジークの指示で、組織の情報を他言しないよう二度目の暗示を掛けており、自害暗示も含まれていたようだが、レイエを気に入っていたこともあり効果を弱めていた。
飼い猫のリエラは雄猫で、黒と灰色の雑種。レイエが暇つぶしにリエラと遊ぶようになったため、彼によく懐いている。彼女はその姿を見て和んでいたこともあり、レイエが組織を抜けてからはほんの少し寂しいと感じているようだ。


◇作者より:レンヴィットのメイン3人
スラム奥地・無法地帯を拠点とする組織で、物語には書いていませんが、レンヴィットメンバーは全員魔力無しで構成されています。そのため痕跡を残すことなく犯行を行うことが可能で、国に足が付かない一番の理由でもありました。
この事実を知らないメンバーは意外と多く、組織メインの3人が自分達を強者であるように見せているせいもあり、下位メンバーは気付いていない模様。レイエがジークに拾われたのは魔力無しだったからです。

ジークはリーダーとして強くて偉そうな権力者イメージで考えおり、一応外見も良いため女子にモテそう…と思った時に、隣に美女をつけてしまおう!ということでクリスも一緒に考えられました。けれどもジークがクリスをどう思っているのかは作者の私自身もわかりません。
性格について、内面は冷たく厳しい方。組織の方針はすべて彼が決めているため、逆らう者は容赦なく切り捨てるタイプです。
アジトにいる時は一人でソファを占拠して煙草を吸っているのが彼の日常。基本は指揮官であり、組織の仕事を取り纏めているため常に頭は働いている状態です。意外と頭脳明晰者。身体を動かしたい時は自分も任務に参加するという感じになります。
名前は「ジーク」だけでも良かった気がしますが……考えた当時、フレアを入れたい使いたい!という理由でジークフレアとなりました。

エラハドは組織の隠密メンバーで寡黙な忍者をイメージしています。普段は口数が少ないため何を考えているのか一切不明。クリスとはあまり話しが合わなさそうな感じ(1話目より)。彼が得意とする隠密行動や暗殺任務の時が、一番生き生きしている瞬間のような気がします。
戦闘については、力技はジークが勝るけれど技術面ではエラハドが勝るという感覚です。アルゼとの戦闘ではエラハドも彼に負けない技量を持っていましたが、アルゼの方が優秀過ぎたために武器を弾かれたという設定です。

クリスはジークの部分でも触れた通り。トップには美女がつきものだ!という私の偏見イメージで考えられました。一番好きな男はジークだけど、他の男も自分の色気で弄んでいそうな感じでもあります。
組織唯一の暗示使いという設定で、魔力無しにも関わらず彼女は魔法を扱うことが可能です。

※Endearの世界では「魔力無し=魔法が使えない」という認識があるのですが、正確には「魔法が使えない」というよりは「魔法を使うことが難しい」という方が正しい表現になります。魔力無しは、自身の魔力が無いために魔力を認識することが希薄であるため、正確に魔法を使うことが出来ないためです。自分の魔力が無くても魔法自体は使うことが可能で、その場合は自分の魔力は無いため使えないが、自分以外の魔力、例えば武器やアイテムを糧にすれば行使出来ることになります(4話目でローゼンスターが言っているのはこのことでした)。
となると、魔力無しで魔法を使えるクリスは、相当な魔法使いであると言えます。

物語を書き終えてから感じましたが、レンヴィットの3人はなんだかんだでレイエを気に入っていたなぁ……と思います。
ジークは優秀な道具をなくしちゃった、あーあ…みたいな感じで、エラハドも、アイツ強いのに勿体ない的な感覚(自分が指南したから余計に)ですし、クリスは最初からお気に入り…という(^^;
でも彼らは国に見つかる方が嫌であり、自分たちが魔力無しなので魔剣士を相手にしたくないという本音が大きいため、レイエがいなくなったのは仕方ないという認識です。
レイエは刺客に狙われましたが、これはジーク配下の戦闘員が勝手に行っているものであり、ジーク自身は指示していません。レイエはジーク指示のみ従うため、一部の戦闘員から疎まれているという設定が密かにあります。



◆騎士長・白雪
エンデバーグ王国軍・騎士魔導隊の統括者。騎士長であり第1部隊の部隊長でもある。
若くして騎士長の任に就いているが、それに見合う指揮統括力を持っている。部下からの信頼は高く、彼自身も部下へ信頼を寄せており、各自の仕事を任せることで指揮関係を保っているようだ。


◆ローゼンスター
騎士魔導隊・第6部隊の部隊長。有能な魔導士で、魔法に関する知識はかなりのものである。
年老いた外見をしているが、それは本来の姿ではない。相手を欺くことが好きで、老人を演じているようだ。 実際はもっと若いようだが、本当の姿を知るものは騎士長・白雪くらいだという。


◆喫茶 盗めない鍵/マスター・アグレンツ
路地通りで営業している昔ながらの喫茶店。朝~夕方は喫茶メニューを提供し、夜は小さなバーとして酒類も提供されている。
マスターのアグレンツは元騎士長でもあった。そのせいか人を見る目が養われており、相手の事情を即座に理解できるため、よく客の相談事を聞いている。
店の二階には空き部屋があり、アルゼフィートに頼まれてレイエの生活拠点として利用するために使えるよう準備していた。
ちなみにレイエからは家賃・光熱費等は徴収せず無料としている(多分アルゼが支払っていた)。レイエは討伐隊・騎士魔導隊に所属してからは給料を得るようになったため、食事代は自ら支払うようになった(本当は家賃等も払いたいが、マスターが受け取ってくれないらしい)。

【おまけのエピローグ】(※2023.4.9掲載)

最終話となる「見えない光6」は、実はもう少し続きを書いていました。
しかし、思いつくまま書いてはみたものの、終わりの流れとして区切りが悪いことと本来の物語に対して内容が合わないこと、何よりも作者の私がただ楽しいだけの自己満足な展開…!!Σ( ̄ロ ̄lll) になっていたので、最終話へ含めることをやめました。「見えない光」を綺麗に終わりたいなら、この続きは入れるべきではない、と。

でもせっかくなので、おまけエピローグとして残すことにしました。せっかくなので…!(二度言うほど残す気満々)
この続きは、単に作者が書きたかった世界感なのだと、ご理解いただきたいです…(笑)

下記リンクをクリックすると表示されますので、興味がある方はどうぞご覧ください~。
ただし、見えない光6の締めが薄れます……続きとはいえ、雰囲気が違い過ぎるため別の物語と思ってください;おまけなのでっ!

【おまけのエピローグを読む】



 * * * * *


 騎士魔導隊の宿舎に着いたレイエは、正面口の守衛に挨拶をした。
「守衛さん、おはよう」
「ラーズ、おはよう。毎朝ご苦労なことだな」
「俺の日課だからね、もう慣れてる」
「彼女はお前に甘えているようだ。朝一人でここを通った試しがないぞ?」
「ははっ!別に甘えているわけじゃない、ほんとに朝がダメなんだ。甘えているなんて言ったら機嫌を悪くするだけさ」
「そうか。まぁ上手くやっているようなら結構。今日から討伐遠征だと伺っている。道中気をつけてな。さぁ通っていいぞ」
「ありがとう」
 守衛の入館許可を得て、レイエは正面口よりロビーを抜けた先にある階段を駆け上がり、三階へ向かう。その途中、これから出動する他の部隊員数人とすれ違い「今から彼女のところ?」「今日は遅れるなよ」と声を掛けられ、「そうだよ」「わかってるって」と返事をしながらやり過ごした。

 彼女が住む部屋の前へ辿り着くと、レイエは合鍵を使って扉を開けた。
 部屋の中は整理されている ── ように見えたが、よく見ると乱雑に本が散らばっていた。壁際の本棚には魔導書が敷き詰められている。机にも本が積み重なり、開いてあったノートには解読不能な言語が書かれていた。おそらくは魔法言語や精霊言語の類だろう。魔法に関して努力を惜しまない部屋主の熱意がよく伝わってくる。
 仕方ないなと本を数冊集めたレイエは近くのテーブルへ積み置くと、奥にある窓際の寝室へと向かった。
 カーテンが閉められた部屋は薄暗く、その窓下のベッドで自分のパートナーである彼女 ── ルインは寝息をたてて深く眠っていた。サイドテーブルには栞が挟まれた魔導書が置いてあり、就寝前に読んでいたことが想像できる。
 レイエがカーテンを開けると明るい日差しが一気に入り込んでくる。その光を嫌がるように、黒髪を覗かせたルインが掛け布団の奥へ潜り込もうとしたので、レイエはすぐに声を掛けた。

「ルイン、朝だよ。そろそろ起きろ」
「うーん……」
「どうせまた遅くまで読書していたんだろうけど、もう起きる時間だぞ」
「うん……あと、少し…」
「ダメだ、起きろって。遅れたらジオ副長に怒鳴られる」
「………」
「ルイン? …ルイン聞いてる? おいルインっ!」
 レイエは名前を呼びながらルインの肩を揺らした。彼女は掛け布団にしがみ付いており目を開ける様子がない。
 ややあってから小さな返事があった。
「まだ、寒いから…」
「寒い? だったら尚更だ。起きて身体を動かせば寒くないよ…………ああそっか、わかった」
「………」
「今から俺が一緒に寝てお前を暖めてやるよ。そうだ、それが一番いい」
 良い考えだと言うかのようにレイエが掛け布団をめくってベッドへ潜り込もうとした時だ。その動きを察したルインは慌てて飛び起きた。
「!! な…!? 何をするんだお前はっ!」
「あれ、起きた? 一瞬だったな……少し傷付くんだけど、その反応」
「何を言っている……朝から変なことをしようとするレイエが悪い」
「変なこと?どこが?起こそうとしただけじゃないか。俺のこと嫌いなの?」
「違う、別に嫌いではないし……有難いとは思っている。けど、もっと普通に起こせばいいじゃないか」
「さっき普通に起こしても起きなかっただろ」
「え?……いや、それは…」
「自覚ないし。だから苦労してるんだぞ? さぁ準備しないと、今日は部隊遠征だ」
「遠征……そうだった。今から着替えるから、レイエは向こうで待ってて」

 ルインが身支度をする間、ただ待っていては時間を余すので、レイエはテーブルに積まれている魔導書を片付けていた。これも日課となっていることで、レイエはルインの部屋に来るたびに何かと片付けているのだが、翌日には元に戻ってしまうことが不思議で仕方ない。彼女へ問い詰めると「出した本は片付けていないのではなく、手元に置いておきたいから出しているだけ」と言っていた。言いたいことはわかる。けれど、それなら出しっぱなしにしていても仕方ないことだ、ということにはならない。
 魔法に対する真面目さを、もっと部屋の片付けにも向けたらいいのに、と思う。
 本の表題には「雷の全て~ライトニングマスター~」「基本の詠唱学」「陣描による便利魔法」など、すべて魔法知識に関するものだった。レイエは興味本位で少しページをめくってみたが、文頭を読むなり頭が痛くなりそうだったのですぐにやめておいた。魔力を持たない自分にとって、魔法や精霊学といった堅苦しい内容はやはり理解できないものなのである。

 本を整理していると、やがて着替えを終えたルインがレイエに声を掛けてきた。
「待たせたなレイエ」
 騎士魔導隊の制服を纏い、羽飾りの付いた帽子を被ったルインの姿は凛としていた。先までの寝起きの様子とはまるで雰囲気が違うので、レイエは毎日見慣れているはずなのに、つい見惚れてしまう。本を数冊抱えたまま立ち尽くす彼を見て、ルインは首を傾げた。
「なんだ?何か変なところがあるのか…寝癖でも?」
「あ、いや…今日も可愛いなと思ってさ」
「お前は、よく朝からそんなことをさらっと言えるな…」
「褒めてるんだよ、嬉しくないの?」
 レイエはいつもの調子に戻ると、抱えていた本を纏めて本棚へ押し込んだ。
「褒めて?……そうか。それは、ありがとう」
「そうだ。ねぇルイン」
 本を片付けて振り返ったレイエは思い出したようにルインの元へ行く。「何?」と自分を見上げる彼女の顔を蒼い瞳で覗き込んだ彼は、紫色の目線へ合わせてにこっと笑みを浮かべると、そのまま彼女へ軽く口付けた。
「…!!」
「おはようの挨拶な」
「レイエ…!」
「え、何、なんで怒るの?」
「いきなりそういうことをするからだっ!」
「だって俺達、付き合っているよね。…違ったっけ?」
「違わない、けど…!」
 レイエの唐突な行動にルインは顔を赤くしながら声を上げる。確かに今二人は恋人同士だった。しかしルインは、未だその関係性に慣れないでいる。
「じゃあ別に問題ないだろ。それより…急がないと間に合わなくなるよ」
 レイエが何でもないことのようにさらりと流すので、ルインは一人振り回されている気分になったのだが、ふと時計を指差されたのでハッとなった。
「もうこんな時間!?レイエが余計なことをするからだっ!」
「俺のせい? 早く起きないルインが悪いのに」
「う、うるさい!とにかく行くぞ」
「ルイン、朝食はどうするの?何か食べないと」
「そんな時間はない」
「お前さぁ…絶対お腹空くって。確かここに……あった。これ食べなよ」
 レイエは自分の制服の内ポケットを探って取り出したものをルインへ差し出した。
「…お菓子?」
「軽食用のクッキーだよ。何も食べないよりはマシだろ」
「あ、うん……じゃあ貰う」
 ルインは渡されたクッキーの袋を開けて数枚を口にした。レイエはそれを眺めながら言う。
「忘れ物はないか?今日からしばらく戻れないよ」
「…大丈夫だ」
「そう?それなら行こう」
 宿舎を出た二人はエンデバーグ城へ向かう。集合場所は城内の演習場だった。

 遠征へ赴く部隊は第2部隊。エンデバーグ王国軍で最も戦力のある部隊だ。隊員はすでに集合しており各自整列して待機している。
 その部隊の先頭で、部隊長であるジオは立っていた。
 赤みのある長髪、左側に髪飾りが添えられていて、瞳は翠色だ。先の尖った耳はエルフ族の特徴でもあった。露出のある鎧を着込んでいるが、色気を主張するものではなく、その佇まいは彼女の強さの表れだろう。彼女は騎士魔導隊の騎士長・白雪に次ぐ副長としても名高い実力者だった。
 “戦火の蝶”あるいは“戦場を舞う蝶”とも称される彼女は腰に手を当てて時間を気にしながら、隣にいる副官へ尋ねていた。
「あと5分ほどで出発する。部隊員は全員揃ったか?」
「いえ、まだです。あと二名」
「…いつもの二人か」
「お察しの通りです、ジオ副長。遅れた場合はいかがしますか?」
「そうだな……いや、その心配はなかったようだ」
 厳しい顔つきだったジオはほんのりと笑みを浮かべる。その視線の先には、演習場内へ走ってくる二人の姿が見えていた。
 先に着いたのは蒼い髪の士官剣士 ── レイエだ。
「ジオ副長、レイエ・ラーズとルイン・ルオシェイドの二名、只今参りました。集合時間ギリギリになってしまい申し訳ありません」
 レイエはジオの前で敬礼し、深く頭を下げた。彼の姿勢を冷静に見ていたジオは、小さな笑みを浮かべたまま応えた。
「レイエ、間に合ったなら問題はない。急いで来た割には…息ひとつ乱れていないな? さすが士官というべきか。だが、お前の相棒は…」
 ジオの目線はレイエの後からやってきた魔導士へと向けられる。大きく息を切らしているルインだった。
「も、申し訳ありません……はぁ、はぁ…」
「ルイン、また寝坊したのか。いい加減、遠征前くらいは早寝を心がけよ。彼に起こされて慌てて来たことが容易に想像できるぞ?」
「は、はい…すみません」
「まぁ間に合ったから今回は良しとしよう。二人とも隊列に付け」
「はい」
 レイエとルインが再び敬礼し、揃って隊列へ並ぶのを見送ったジオは、副官へ再度確認した。
「これで全員集合したな?」
「はい、全員揃いました」
 副官が頷いたので、ジオは改めて部隊全体を見渡しながら大きな声を上げた。
「我々第2部隊はこれより討伐遠征へ向かう。各自担当任務を再確認し、首尾を怠るな。行き先は定例となっているガルファンス平原だ。ここでの討伐作戦は我らエンデバーグ王国の防衛のみならず、他の諸国に対しても襲来防衛を兼ね、政治戦略の要にもなっている。気を引き締めて臨むように。皆の健闘を祈る」
 ジオの指揮号令により、第2部隊の討伐遠征が開始される。部隊員たちはそれぞれ移動を始めた。

 他の部隊員たちと共に歩きながら、レイエは息を整えているルインへ声を掛けた。
「良かったなルイン、今回はお咎めなしだ」
「そうだな……疲れた…」
「大丈夫か?」
「なんとか。お前はなんでいつも平気なんだ。体力ありすぎだろ……」
「俺は鍛え方が違うからな。大丈夫、ルインが疲れたら俺の背中を貸してあげるからさ」
「そんな心配はいらない、自分で歩ける」
「ほんとに?遠慮しなくていいよ」
「おいレイエ、馬鹿にするな」
「馬鹿にしていないって。どうしてルインはすぐ攻撃的に捉えるんだよ」
「お前が私の揚げ足を取ろうとするからだ!」
「何それ?違うよ、俺はルインのことが大好きだからもっと頼って欲しいだけ」
「だ、大好き…って、大衆の面前で言うことじゃないだろ!」
「お、照れてる?ルインのそういうところが可愛いんだよなぁ!」
「やめろレイエ!お前はどこからそんな言葉を~!」
 今朝と同じく、レイエが躊躇いなく好意を寄せてくるのでルインは素直に受け取ることが出来ず、反射的に言葉を返してしまう。
 そうやって二人がいつもの調子で会話をしていると、隊列を先導する上官騎士より怒鳴り声が届いた。
「おい、後ろの二人!ルオシェイドとラーズ!任務中だぞ!私語、馴れ合いは慎めっ!!」
「!? す、すみません…!」
「はーい、気をつけまーす!」
 名指しされたルインは慌てて謝罪を返したが、隣のレイエは悪びれる様子がなく適当な返事をしていた。彼女は余計不機嫌になる。
「お前のせいだぞ!」
「また俺のせいなの?勘弁してよルイン」
 ムスッと脹れるルインを見てレイエは不服そうに応えるが、顔にはこの場を楽しんでいる笑みが浮かんでいた。


 こうしてレイエとルイン、二人の部隊任務が今日も始まるのであった。






── おまけのエピローグ END ──



※改めて続きを読むと、やはり別にして良かったと実感…笑。作者の自己満足エピローグなのでした(^▽^;) レイエはルインがいるとすごく生き生きしているなぁと思います。彼女一筋になっちゃうのが丸わかりで…ルイン愛が強すぎてどうにもなりません。二人を会話させると、どうしても賑やかな展開になってしまいがちで会話が止まらないという!笑
ちなみに補足しますが、ルインの宿霊・妃砂はこの時既に契約済みでレイエもその事を知っています。しかし、ルインがレイエといる時は一切表に出ません。二人の間に暗黙のルールがあるようで…(まだきちんと考えていないけど;)
※2023.11.25 サイトリニューアルついでにエピローグイラストを追加掲載しました。
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