Other Side Story 兄と親友

呪われた剣に夢みたものは

 ── 我が力、汝に受け止められるか。



 黒髪の剣士は、禁断の地にてとうとう見つけてしまった。
 古びた台座に突き刺さっているのは剣。血がまとわりつくような赤い刃は禍々しいオーラに包まれていた。
 柄に手を伸ばし、一度は触れることを躊躇う。
 彼はこの剣の所以を知っていた。持ち主の命を喰らうという『呪血剣』だ。

 真の名を ── 『エンドフェンサー』
 ……手にした者は力を得、狂気を見、最後には命尽き果てる剣士殺しの剣。

 この剣は呪われている。
 この剣は不幸を招く。
 絶大な力と引き換える不変の代償。
 それで尚、持ち主を選ぶ、意志在りし剣。

 どんなに汚れなき心を持っていても、
 清浄な身体であったとしても、
 その剣の邪気は、
 邪心は、
 魔となり、
 闇を生みだし、
 精神をも浸透し、
 いずれは支配する……。

 人は無力を感じた時、必要以上の力を欲するものだ。
 剣士もまた、同じだったのかもしれない。
 自分には守りたい人がいる。守りたい世界がある。そのためには力が必要だった。
 想いや信念だけでは何も守れやしない。





 剣士には夢があった。
 人々が知りうる世界はまだほんの一部であり、未だ見知らぬ大地が果てなき場所に存在する。いつしかそのような土地に自ら足を運び、見て、聞いて、触れて、世界を、この星を知りたかった。それも自分一人ではなく、大切な誰かと一緒に同じ感動を分かち合いたかった。

 剣士にとって最も大切な存在は家族である。けれど、自分の両親は他界していた。すでに大切なものを守ることができなかったのだ。
 自分が無力だったために覚えたこれは……最初の喪失、絶望。

 だが、本当の絶望ではない。望みは一つだけ残されていた。
 たった一人だけ存在する、自分と同じ血を持つ者。
 それは何よりも大切な大切な大切な大切な ── ……妹だ。
 彼は思った。
 自分に夢があるのは、この時代がそうさせたのかもしれない。
 魔王軍侵攻による戦乱の時代。誰もが幸せの安らぎを忘れてしまった。奪われたのではなく、人は自ら大切なものを見失ってしまったと思う。武器を手にして、刃を振るい、戦って勝利を手にすることでしか優越を感じられない世界。
 どうしてこんな世界になったのだろう?
 悪魔が侵攻してきたから……それだけが原因といえるのか?
 黒い闇によってもたらされた恐怖は確かに人々の心を変えてしまった。それは自分の大切な妹にも言えたことでもある。

 まだ幼い妹が見たものはあまりにも残酷だった。
 その全景色は赤。触れたものもまた赤。現実を把握したとき、壊れそうな精神を必死に留め、それでも胸に刻まれた哀切は消えることがない。
 覚えたものといえば自分と同じ ── 絶望、そして己の無力さ。

「お兄ちゃん、私も一緒に戦う。魔法を覚えて悪魔を倒すの」
「お前が戦う必要なんてないよ。俺に任せるんだ」
「でもお兄ちゃん、私は悪魔を許せない! お父さんとお母さんを殺してしまった。私に力があれば生きていたのかもしれないのに……だから私も戦うの!」
「………」

 戦乱、混沌を惑わす時代が狂わせてしまったのか。幼い妹が語るのは年相応の可愛らしい夢ではなく、微睡みに病んだ仇討ちだった。
 ── 違う。俺が願うのは……。
 剣士の夢。それはいつか妹と共に旅をする事だった。世界中を渡り歩き、見たこともない場所を探して、雄大な感動を手にするために。だが……現状では到底叶いそうにはなかった。
 今の時代では行く先々で争いが起こる。いかなる地でも戦いを避けては通れない。そして剣士は、妹には戦って欲しくなかった。怒り、憎しみ、悲しみ、そんな感情を見たいわけじゃない。妹には、たくさん笑っていて欲しい。暗く澱んだ世界ではなく、光が差し込む美しい世界を見せたいと思った。
 それが、剣士の道を選んだ彼の夢。
 叶えるためにはまず、世界を守らねばならなかった。戦うことの無い、誰も傷つくことのない平和な世界を取り戻すこと、だ。
 剣士は気付いていた。確かに人々の、この世界の敵は悪魔なのかもしれない。けれど本当の敵は……。



 剣士は呪われた剣の柄に自分の右手を翳す。ビリビリと電気が走るような紫苑のオーラが蔦を伸ばすように絡みついてきた。彼は息を呑み、しばらくそのまま様子を伺った。
 この剣には意志があるという。おそらく自分を選定しているのだろう。自刃が喰らうに相応しき者なのか。剣は言葉を持たない。答を理解するのは自身だ。
 静かに深呼吸をした後、剣士は意を決して剣の柄を握る。その瞬間、オーラが自分を呑み込むように全身にまとわりついた。邪悪な気配、不浄の空気が自分を浸食しようとしている。徐々に剣士の気分は悪くなり、ぐらりと吐き気さえ覚え始めた。もしかしたら、このまま死んでしまうのかもしれない。
 しかし、それでも彼は剣を手放さなかった。自分にはどうしても力が必要だったからだ。例え代償として命を削られたとしても……変えられない想いがあった。

 なぜ、その剣でなければならなかったのか? 他の者は皆そう思うことだろう。己の命を犠牲にしてまで呪われた剣を手にする価値があるのか、と。これはそう考えるべきものではなかった。
 剣士は自分の守りたいもののために力を欲し、望みの先がたまたま『呪血剣』に向けられたのである。あの剣を欲したのではない。欲したものが、あの剣だった。必然でもなければ偶然でもない。
 これは彼が自ら望んだ結果なのだ。だから、例え自分の命が剣に奪われようとも後悔はしない。

 紫のオーラを直に受けたまま、剣士は柄を握る手に力を込める。時間の経過とともに具合は落ち着きを取り戻しつつある。時を見計らって、彼は呪われた剣をゆっくりと台座から引き抜いた。赤い刃は更に強い光を宿し、今一度剣士の身体を覆う。この禍々しくて赤みを帯びた紫の光は剣が持つ邪気。それは何もかも己の支配下へと促すもの、なのだろうか。
 剣を手にした彼の意識は、精神は正常なものだった。身体にも特に異常は見られない。不快なものが自分の中に入り込んだ嫌な感はあるけれど、今はまだ耐えられる。
 剣を引き抜いた後、彼はその矛先を払い、改めて自分の目の前に翳した。赤い刀身は依然として怪しい光とオーラを纏っているが……それだけだった。



 ── 我が力、汝に受け止められるか。



 剣は言葉を持たない。けれど、そんな声が聞こえたような気がして剣士は瞳を閉じる。
 自分が力を欲したのは、力に溺れるためではない。強さを誇示するためでもない。すべては自分自身の、大切なものを守るために。
 紫の瞳を見開いたとき、剣士はようやく自覚することが出来た。
 『呪血剣』は自分を所持者として認めた。剣は、この命を喰らうことを選んだのだ。
 そうなれば後は自分次第。

 大切なものを守るために、
 彼は『エンドフェンサー』と共に戦うことを決めた。

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