Endear RR

Endear二次創作Short Story
君とドルチェのワルツを

 チョコレートサンデー、はちみつパンケーキ、チーズケーキにブラウニー。ココアプリンにナタデココ、カップケーキにスフレにムース。
 エンデバーグ王国軍・騎士魔導隊の魔導士ルインの「彼」は甘いものに目がない。彼もまた騎士魔導隊の一員だ。休日には公認の仲であるルインとともに街へ繰り出しては、喫茶で甘味を頼んでいる。顔が広い彼・レイエとルインは、行く先々で温かく迎えられる。
 そのレイエが、遠征先で負傷して帰投した、という報せがルインのもとに届いたのは、うららかなある日の夕方。
 その日は後方勤務であったルインは、遠征には同行しなかった。レイエは敵の獣の毒牙にかかり、傷は浅いものの発熱し、自宅に戻されたという。
 ルインは取るものもとりあえず、レイエの自宅──喫茶〈盗めない鍵〉の二階へ向かった。
 二階の部屋の奥では、ベッドの上で布団のかたまりがうごめいていた。……いや、布団をすっぽりとかぶったレイエが、うめきながらもぞもぞと体を動かしていた。
「レイエ、大丈夫か!」
 ルインは切迫した声をかける。この場所に危険はないとわかっていても、恋人が苦しむ姿を見ては落ちついていられない。
 恋人、そう、恋人だ。
 まだそのくくりには慣れないが、彼・レイエはルインの恋人なのだ。他人ではない。
「レイエ、おい、レイエ」
「ううぅ……」
 レイエは布団の中から情けない声をあげる。
「傷はどうだ? 熱はひどいのか?」
「顔がはれてるんだ……ルインに見せたくない」
「なに……?」
 レイエがようやくしゃべった言葉に、ルインは違和感を覚える。顔がはれたくらい、普段のレイエが気にするとは思えなかった。
 恋人の自分にも見せられないというのだろうか? いや、恋人だから? そこまで考え、ルインは浮ついた自分を戒める。
 とにかく今はレイエも気持ちが弱っているのだろう。そう考え直した。
「そ、そうか、わかった。なにか食べたいものはあるか? いや、食べられそうなものというか」
 恋人の答えはきっぱりとしていた。
「ゼリー」
「ゼ、ゼリー?」
「なんにも入ってない甘いだけのゼリー」
 ルインは面食らったが、その答えからは相当に具合が悪いことも察せられた。
「わかった。どこかで買ってこよう」
「なんにも入ってないゼリーなんて売ってない。ゼラチンを買ってきて、ルインが作って」
「はぁ!?」
 ゼリーの作り方など知りはしない。ルインは目を瞬いて逡巡したが、思い直してうなずいた。
「了解、なんとかする」
 ルインは街へ出る支度をする。
「ありがと、ルイン」
 布団の中から突き出された手がひらひらと振られた。
 
 
 ルインが街でゼラチン粉と菓子作りの指南書を買い求めてレイエの部屋へ帰ったのは一刻後。
 恋人の看病のためとはいえ、未知の分野の書籍をひもとけることへの高揚感を味わいながら、ルインは小さな調理場で鍋を火にかけゼリーを作り上げた。氷を司る魔法で冷やし、レイエに献上する。
 布団の中から伸びた手がゼリーの器を掴み、スプーンとともにまた布団の中へ消えた。ルインがはらはらと横に座して見守る中、レイエは布団をかぶったまま十個のゼリーを平らげた。
「美味しかった。ありがと、ルイン」
「そうか、栄養にはならなかったと思うが」
「明日はもうちょっとしっかりしたものが食べられるかもしれない」
「よかった、また来るからな!」
 ルインはそう告げて、レイエの部屋をあとにした。
 
 
「アイスクリーム」
 開口一番、翌日のレイエはそう唱えた。
 いや、唱える様が見えたわけではない。彼はこの日もすっぽりとかぶった布団越しにしかルインに会おうとしなかった。
「アイスクリームなら食べられる」
 ルインはほっと息をつく。アイスクリームならば、街で簡単に買ってこられる。
「どんなのだ」
「ルインが作ったやつ」
「はぁ!?」
 ルインが反論しようとすると、レイエはううぅ……とうめいた。
「旬の果物が入ったやつ……なんでもいいから……」
 この世で最後に食べたいものを告げるかのごとく、レイエは言う。
 仕方ないな、とルインは立ち上がった。
 
 
 たくさんの果物、卵と牛乳、生クリームを仕入れ、ルインは昨日と同じレイエの部屋の調理場に立つ。
 卵の黄身と砂糖を泡立て、牛乳と生クリームを鍋に沸かし、果物を入れたアイスクリームを魔法も織りまぜながら固めていく。
 もちろん菓子作りの指南書は手放せない。実践向きの魔導書のようだ、とルインはひとり感心する。
「できたぞ」
「やった!」
 布団の中から歓声があがり、ルインは嬉しくなる。まだ布団から出ようとはしないが、元気になってくれたら……それも自分の手作り菓子によって。
 布団のはざまに差し入れた八種の果物のアイスクリームを、レイエは瞬く間に食べ終えた。
「寒い」
「あたりまえだ!」
「布団から出られないよ、ルイン」
「わかったわかった、明日も来るから」
 ルインはその日も再訪を約束して帰途についた。昨日よりも強い達成感に包まれていた。
 
 
「今日はなにが食べたい、レイエ?」
 三日目。レイエの部屋で布団のかたまりを前にしたルインは、気づけば自ら問いかけていた。
 が、返答は予想の範疇はんちゅうを越えたものだった。
「アイスクリームまんじゅう」
 ルインは思わず訊き返す。
「まんじゅう? アイス? なんだそれは」
「ギュウヒで作ってね。もちもちのギュウヒ、食べたいな」
「ギュウヒ……?」
 聞き慣れぬ言葉を、ルインは菓子作りの指南書に探す。どこにもギュウヒなるものは載っていない。
「マスターが知ってる。よろしくね、ルイン」
 布団の中のレイエはそう告げると、ごろりと向こうに寝返りを打ったように見受けられた。
 ルインの中になにかが燃え上がった。
 ──やってやろうじゃないか、ギュウヒのアイスクリームまんじゅう……!
 決意したルインは、下の階の喫茶店にマスターを探しに降りていった。
 
 
 喫茶〈盗めない鍵〉のマスター・アグレンツは、かつて城の騎士長をも務めた初老の人物だ。人を見る目には確かなものがあり、またレイエの日々の食事を提供するなど料理の腕も立つ。
 昼下がりの客のない店内で、アグレンツは新聞を広げていた。
「マスター」
「おおルイン、どうかしたのかい」
 ルインが毎日レイエの看病に通っているのを、アグレンツはよく知っている。が、ルインは通りがかりに挨拶をする以上にアグレンツと会話を重ねたわけではなかった。
 彼を頼るのは、今日が初めてだ。
「レイエが、アイスクリームまんじゅうが食べたいというんだ。ギュウヒのことはマスターに訊けと……」
 その一言で、アグレンツはなにかを深く察したように目を細め立ち上がった。
「ああ、アイスクリームまんじゅうは私が以前遊びで作ったメニューだ。ギュウヒとはモチ米を使った生地だよ。材料があったはずだ……よければここで作っていくか?」
「いいんですか、マスター」
 ルインが恐縮しながら問い返すと、アグレンツは笑った。
「いやいや、レイエも寝込んで大変だが、君もいろいろと大変なようだからね。力にならせてくれ」
「……恩に着る」
 ルインは小さく頭を下げた。
 
 
 アイスクリームまんじゅうの作成は一筋縄ではいかなかった。午後いっぱいをかけ、ルインはアグレンツの指導のもとギュウヒの皮のまんじゅうを作り上げ、小豆や白玉とともに器に盛り付けるに至った。
 氷室に入れて一段落したところで、ルインはアグレンツにこぼしていた。
「レイエのやつ、ちっとも布団から出てこないんです。そんなに具合が悪いのか」
「昨日からは降りてきて食事を摂っているがね」
「はぁ!?」
 アグレンツの言葉に、ルインはぽかんと口を開ける。
「顔がはれてるからって」
「たしかに顔にもかすり傷はあったが、はれてはいなかったよ」
 ルインは瞬きを繰り返す。
 レイエはずっと布団に引きこもっていたわけではなかったのだ。その上、ルインにはアイスクリームしか食べられないと言っておきながら、ちゃっかりと食事を摂っている……。
 なぜルインの前では布団から出ようとしないのか?
 まさか……。
 まさか、最初から……。
「あいつ……!」
 答えに行き着いて、思わず調理器具を振り上げたルインを、アグレンツが優しく制した。
「そういきりなさるな。今日のところはレイエにも甘い思いをさせてあげようじゃないか」
「マスター! でもレイエは!」
「負傷して帰ってきて、恋人に甘えたいのだよ。いいじゃないか。私も一緒に上に持っていこう」
 すべてを見通したかのようなアグレンツに微笑まれ、ルインは押し黙る。
 恋人に甘えたい……。
 そう言われると、悪い気はしなかった。
 
 
 ルインとともに二階へ上がったアグレンツが、レイエの部屋をノックし扉を開ける。
「レイエ、ご所望の品を持ってきたが」
「マ、マスター!?」
 レイエの慌てた声がすっかり暗くなった部屋に響く。ルインは灯りをつけ、布団がもぞもぞといつになく大きく動くのを見つめた。
 ──レイエ、もう出て来られるんだろう?
 そう言いたいのをぐっとこらえ、アイスクリームまんじゅうを盛り付けた器をベッドに差し出した。
「これで文句はないな?」
 布団から手が伸び、器を受け取る。かたくなに出てくる気はないようだ。
 ややあって。
「……美味しい。本当に美味しい。ありがとう、ルイン、マスター」
 レイエの真摯な声に、彼が食べ終えたら布団をはごうとしていたルインの気は薄れ、心が満たされるのを感じた。なにせ、午後いっぱいをかけた渾身の作だ。
「よかった。明日は一緒に食べよう、レイエ」
「……ありがと、ルイン」
 二人のやりとりに、アグレンツが目を細めていた。
 
 
 が、その翌日。
 布団をかぶったままの彼は、平然とルインに告げた。
「ルイン。パフェが食べたい。ルインが作ったやつ」
 昨日はさすがに反省しただろう。今日こそは一緒に食事を──そう思って部屋に入ったルインは、思わずかっとなった。
「いい加減にしろ! おまえはまたそうやって──!?」
 ルインは一気に布団を巻き上げる。
 するとそこには、こちらを向いてにこにことベッドに座るレイエの姿があった。
「ルイン、パフェしか食べられない。それもルインが作ったやつ!」
 レイエは元気そうな笑顔をルインに向け、悪びれもせず言い放つ。熱などありそうにはなく、怪我の跡もとりあえずは見当たらない。
 ……ルインはわなわなと菓子作りの指南書を引っ掴んで握りしめた。
「~~~~作ってやる! とびっきりのやつだぞ! それで文句ないな!?」
 
 
 買い出しでどっさりと製菓材料や果物を買い込み、ルインはレイエの部屋の調理場に立った。
 菓子作りの指南書の最終章には、ずらりとパフェのレシピが並んでいた。それらすべてを作り上げるつもりだった。いや、すべてでは生ぬるい。アレンジや工夫を加え、全種類を越えた数のオリジナル魔導パフェを……!
 ルインが内心で燃え立って黙々と作業をしていると、ふらりと猫のようにレイエがやってきた。
「ルイン──」
 甘え声を出した彼はルインのうしろに立ち、そのままルインの耳たぶに口を近づけ、はんだ。
「ひゃ!?」
 ルインは調理器具を取り落としそうになりながら、不意打ちに目を白黒させる。
「ななななにを────っ」
「パフェしか食べられないって言ったけど、俺、ルインなら食べられる」
「なにを言い出すんだ────!!」
「だって俺たち、恋人でしょ?」
 ひょうひょうとそう言って振りかざされた調理器具をかわすレイエを、ルインは腹立たしくにらむ。
「そっ、そうだ! 私はおまえの恋人であって……、おまえの胃袋を満たす給仕ではない!」
「うんうん、ありがと、ルイン。特別疲れてたから、特別なこと、してもらいたくなっちゃったんだ」
 それは、この数日のことだろうか。にこりとレイエに笑まれ、ルインは固まる。
 調理器具を手元に下ろし、黙々と卵を泡立てる作業に戻ろうとした。
「ひゃ!?」
 今度はエプロンをした胸をぎゅうと抱きしめられる。
「ルイン、食べていい?」
「ダダダダメに決まってる!」
「かわいいなぁ」
「熱があるのか!?」
「俺に熱があってもなくても、ルインはかわいいでしょ」
 ──ルインの恋人は、平気でそんなことを言う。
 なめたり触れたりのちょっかいを出されながら、ルインは数時間の作業をこなし、十種を越えるパフェを作り上げた。
「美味しい。美味い。もう最高!」
 ずらりとパフェを並べ、レイエはあっちに手をつけこっちをつまみ、と贅沢極まりない食べ方で、至福の笑みだ。
 ルインも自分用のパフェを前にしつつ──未だ調理中にレイエにちょっかいを出された身体の箇所のほてりを気にしつつ、レイエの笑顔を眺めていた。
「美味しいなら、よかった」
「ルインのお菓子作りの腕が上がったのは俺のおかげ、なんてね」
「おいっ、それは聞き捨てならないぞ!?」
「スキあり!」
 いきりたって椅子から立ち上がったルインの口に、レイエはスプーンに載せたベリーを突っ込んだ。
「~~~~~~!!」
「はい、次も、あーん」
「するか、そんなこと!」
「スキあり!」
 すっかりレイエのペースに巻きこまれ、ルインは内心で頭を抱える。元気を取り戻した彼のいたずらっ子じみた振る舞いには、してやられてる一方になってしまう。
 いや……、今回は最初からレイエのペースにすべて乗せられていた。
 だがそれがあって、今、目の前にずらりと並んだパフェと、大切なレイエの笑顔があるのだ。
 ……悪くない。
 ルインはそう結論づけて、少しだけ笑った。
 ──二人の甘い夢のひと時は、ワルツを舞うように軽やかに、二人の今を染めるのだった。

Fin.

コメント 2025/7/13

いかがでしたかー!? この作品は私の誕生日お祝いとして、友人の星乃水晴さんが書いてくださいました。頂いてすぐに読ませていただき、もうもう二人が可愛すぎるっv とても甘い短編で感激でした! ニマニマが止まらなーいっ(*´▽`*)
完全に乗せられているルインが素直で可愛い、最後の魔導パフェは最高に美味しいんだろうなと思います。そしてレイエ、布団から片手をひらひらと…初めから図っていましたね! 後半悪びれずに甘え寄る姿が可愛いくて胸きゅんです(ちょっかい出されながらもきちんとパフェを作ったルインが偉すぎるw)。二人を見守るマスターは紳士でカッコいい。我が家のキャラ描写を丁寧に組んでいただき、素敵な物語へ仕上げてもらえて本当に嬉しいです。ありがとうございました! ※上記ラフ絵は、短編読了後に二人のイメージとして描かせていただきました!

星乃水晴様/WEB:すばる亭
☆ファンタジー小説を中心に作家活動されており、素敵な物語をたくさん書かれています!(^^♪

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