First Chronicle 魔導士ルイン
【最初の英雄】
歴史に残る言葉がある。
それはかつて世界を救った英雄の名前。
── ルイン・ルオシェイド ──
世界がヴァーツィアと呼ばれていた頃である。
その頃の世界は、魔界オルセイアからの進撃によって戦乱の時代を余儀なくされていた。
世界と魔界が対立するようになったきっかけは、未だによくわかっていない。
一部の学者によると、魔界の統率者である魔王が己の力を行使するため侵略活動を始めた、あるいは創世紀より対立関係の深い天界プラディーンを征圧するべく、まずは中立する世界を奪おうと考えたなど……様々な説がある。
理由はどうあれ、世界と魔界、両世界を繋ぐ空間の歪みが出現したことに間違いはない。
空間の歪みは世界の遥か上空に現れ、青い空の一画を不気味な赤黒い色に染めた。そこから、魔界の悪魔は黒い翼を羽ばたかせ、続々と世界に侵入してきたという。
突如降り掛かってきた厄災に、世界の人々の多くは混迷し、恐怖を覚えた。
だが、このまま黙って見過ごすわけにはいかない。
人々は立ち上がり、悪魔を迎え撃つ決意を固めた。
ここから、人間vs悪魔という永きに渡る戦いが始まったのだ。
しかし……。
両者の勢力は互角だったのか、
決着の兆しは一向に見えないまま時は流れる。
その間に、
小さな町は崩壊され、
事実、
多くの命がこの世を去った。
世界が失ったものは、大きい。
戦いを終結させる唯一の方法 ── それは両世界を繋いでしまった空間の歪みを閉じることだった。
だが、歪みが存在するのは世界の遥か上空。
この時代、空の彼方に辿り着けるような乗り物や技術は無かった。例え辿り着いたとしても悪魔の標的になる可能性は大いに高く、ましてや空間の歪みを閉じる方法もまだわかってはいなかった。
人々に残された最終手段 ── それは、魔界の統率者・魔王を倒すこと。
すべての発端は魔王が世界侵攻を企てたためである。それがなければ世界は、人々は、闇の恐怖を抱くことはなく、平穏な日々を過ごしていただろう。
戦いの元凶。魔王を倒すためには、魔界オルセイアに行かなければならなかった。
向こうの異世界へ渡る手段は二つある。
一つは現存する空間の歪みを通るというもの。だが……現実的ではない。
先にも記述したように、世界の飛行技術はまだ発展途上だった。辿り着くのは難しい。それに歪みは悪魔の通り道でもある。近付けば彼らの餌食となってしまうのは確実だった。
もう一つの方法は魔法陣による転移である。
転移とは魔法の一つであり、言葉通り、遠くの場所へ人や物を移動する手段として使用するものだ。各地で普及している乗り物と比べるとかなりの短時間で移動することが出来るので、ある意味実用的な魔法といえるだろう。
しかし、誰でも簡単に扱えるものではなく、転移を使うためには並ならぬ高い魔力と集中力が必要だった。その上移動先によっても成功率が左右されるという、非常に不安定で高度な魔法。
低い魔力では遠くへ移動することが出来ず、集中力が足りなければ目的地と違う場所に移動してしまう。他にも、移動する対象が巨大なものだったり、人数が多かったりするとそれだけで転移使用者に負担が掛かることになるのだ。
一時期、とある国で一軍隊をまるまる魔界へ転移させて反撃を開始するという話が上がった。しかし、前述にあった通り、転移させるだけで大きなリスクを必要とした。
上手く魔界に乗り込めることが出来れば勝算はあるだろう。
逆に、
失敗すれば多大な被害が返ってくることになる。
世界の命運を一か八かに賭けるのか。
それは……出来なかった。
世界の誰もが打倒魔王を望み、平和を願っていた。
けれど、
今以上に現状が悪化することを……何よりも恐れていたのだ。
それでも、果敢にも魔界へ挑もうとする者たちはいた。
ここで魔王を倒せば一躍名声が上がり、未来も約束される。そんなことを夢見た猛者達は数多く、それ相応の実力も持ち合わせていた。
打倒魔王を掲げる彼らは次々と敵地・魔界へと向かう。
しかし、誰一人として戻ってくる者はいなかった。
その事実があったからか……
世界は次第に防戦することだけを考えるようになっていった。
*
世界ヴァーツィアの中心となる大国エンデバーグ。
そこから南東方面に進むと、イシュリタという街があった。
街とはいうが、農業が盛んな大きな村……そう言い換えても間違いではないだろう。
田畑が広がる長閑な街、ここに英雄となる者 ── ルイン・ルオシェイドは誕生した。
ルインは生まれつき、高い魔力を持っていた。
それは普通の人間が持ちうる魔力限度を超えていたという。
エルフをも凌ぐと云われたその力は、「神が与えた至福」と称されていた。
そのせいか、周りの人々からは将来大物魔導士になるになるだろうと言われ、彼らの予想は的中することになる。
しかし……力があっても使えることが出来なければ、無いに等しい。
ルインがまだ幼い頃である。
イシュリタの街は突如、火の手を挙げた。悪魔の襲撃に遭ってしまったのだ。
自然が溢れる街中はあっという間に炎の海と化した。
街を守る自警団は必死に立ち向かったが、大群を率いる悪魔の前では塵と崩れ落ちる。
人々に戦う術は無く、ただひたすらに抵抗し、助けを求め、泣き叫ぶことしか出来ず……。
ルインも、その中の一人であった。
幼いルインが見たものは緋色の風景。
まだ昼間だというのに、夕焼けに染まる赤い空。
メラメラと燃え上がるのは、幾つもの赤い柱。
どこを見ても、何を見ても、赤い、紅い、緋い。
紫の瞳に焼き付けられた、一つの色。
いったい何が起こったのか。どうしてこんなことに。
幼子のルインが理解することは出来ない。
唯一わかったことといえば、悪魔によって街は焼かれたという事実。
そして、自分が大切なものを失ったという現実……。
その後、ルインは魔導士への道を歩み始めた。
魔法研究や魔法装飾具で有名なアラムハイン王国。この国の魔法学校で、ルインは魔導士として必要な学力・知識を身に付けるべく勉学に励んだ。
そして、もともと真面目で努力家だった性格もあり、首席で卒業するに至った。
ルインが正式な魔導士となってエンデバーグ王国魔王軍討伐隊に入隊したのは、15歳の時である。
魔法の才に恵まれていたルインはすぐにその実力を発揮した。
冷静沈着、才色兼備。若干15歳であらゆる魔法を使いこなしたルインは、数多くの悪魔と戦い、討伐隊の一戦力として貢献した。
ルインの功績は国から高く絶賛され、入隊から3年後、国が誇る最強軍事組織・騎士魔導隊にめでたく昇格することになる。
その後の活躍も目覚ましく、魔導士ルインの存在は騎士魔導隊にとっても心強い戦力になったという。
しかし、昇格後まもなくのことである。
ルインは人が変わったようだと、誰もが口にした。それは戦い方からも伺えたという。
ルインが戦ったあとに残されるのは一面の焼け野原だった。
敵は灰と化し、少し触っただけで砂のように崩れてしまう。
辺りに漂うのは、黒い煙と焦げた臭い。
ルインは、自分の敵と見なした者を跡形一つ残らず葬り去っていた。
相手が悪魔となれば更に行動は激化。
恐れを為して逃げ出した悪魔さえ見逃しはしない。
問答無用で彼らを焼き殺していた。
その光景は味方でさえ、ルインこそが本当の悪魔ではないのかと恐怖を抱いた。裏では密かに「殲滅の魔女」と囁く者もいた。それほど、酷い荒れようだった。
ルインがそうなった詳しい原因は定かではない。
だが、悪魔に起因することであるのは間違いなかった。
騎士魔導隊に昇格して1年後、ルインはこの地を去る。その後の経緯はわからない。
ただ、ルインは一人、魔王を倒すことを決意していた。
そして、もっと強い力を付けるため、技を磨くために修業の旅に出たという。
長い修行の成果、ルインは世界中に存在する基本魔法を含め、陽読術・月読術・星読術のすべてを習得し、応用術を考案した。
そして、人間では誰も修得できなかったという神術を身に付けた。
神術 ── それはかつて神が使っていた術として伝わる魔法で、その威力や効果は謎に包まれていた。
永い時を過ぎた今でも、神術は伝説として残され、その実態は明らかにされていない未知なる力である。
ここで断言できることはただ一つ。
神術は、ルインが魔王に打ち勝つためにどうしても必要な力だったということ。
修行から5年の歳月が流れ、ヴァーツィア暦1711年青天の月のこと。
ルインはルーンの丘と呼ばれる場所で魔法陣を描き、単身魔界へ向かった。
この時、手にしていた武器は魔導士用の杖と、1本の剣。
魔導士であるルインがなぜ、不慣れであろう剣を持っていたのか……その理由を知る者は数少ない。
傍には、ルインを見送る一人の青年がいた。銀の髪に蒼い瞳を持つその青年は、ルインの友人であり、唯一の理解者であったという。
だが、その関係性も曖昧なもので、本当は恋人だったとも云われている。
真相は誰にもわからないまま……。
そして、
魔界に向かったルインは多くの悪魔を相手取り、
持ちうるすべての力を解放。
ついには、
魔王を倒すことに成功した。
いったい、どんな戦いが繰り広げられたのだろうか。
それを知るのは当事者、
ルインのみ。
無事、生きて世界に帰還したルインは、人々の大きな歓迎と祝杯を受け、一躍名声を広げた。
世界を救った勇気ある者。
誰一人倒せなかった魔王を、たった一人で成し遂げた ── 最初の英雄。
こうして、
ルイン・ルオシェイドの名前は、世界の人々に、世界の歴史に刻まれたのだ。
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