First Chronicle 魔導士ルイン
34. 風光とその先へ
翠色の瞳に、キラリと輝く無数の光が過っていた。
片手を前へ差し伸べると、光の粒子が集まって掌へと舞い降りる。小さな光だが、大きな力を秘めている。
この光のことは、よく知っていた。
自分が持ち得る力であり、自分を形作るものでもある。
マナ・フォース。つまりは、神の恩恵。
人の言葉で簡単に表すと、魔力だ。
白く温かい光に満ちているこの空間は、自分という命、精霊を生み出した源 ── 風星剣の中だった。
剣の魔力を糧に誕生した風星の精霊リムセアは、光に囲まれながら宙を羽ばたいていた。
リムセアは先ほど、人間の魔導士ルインとアグアノスの契約を交わしたばかりだった。
実体化して、外へ出てからまだ間もない。止まっていた時間が一気に動き出したような、そんな感覚を覚えている。
マスターとなったルインと話を交わした後、「出来るだけ力は温存しておいてほしい」との意向があった。そのためリムセアは、長く住み慣れた剣の中へと再び戻ってきていた。
その時に初めて気が付いた。
ずっと暗い場所だと思っていた風星剣の中は、眩い光に包まれていた。
おそらくは悪魔四天王ガロとの戦いで、剣自体が覚醒したからだろう。力強い光で闇が払われた、リムセアはそう思った。
しかし、そうではないと、すぐに思い直していた。
今まで暗いと感じていたのは、周りをよく見ていなかったから。自分自身が、闇の中へ心を閉ざしていたからだ。
もともと剣の中に、光は存在していた。
── 風星剣はいつも、風光を詠んでいた。それを僕は、見向きもせずに忘れていたんだ。
ひとり膝を抱えて過ごしていた場所は、小さな一区画だと思っていたけれど、見違えるほど広い空間であったことを今更ながらに知った。これが風星剣本来の煌めきであり、風光の温床なのだ。
リムセアは気持ちを改めながら、風星剣の魔力を実感していた。
── 温かくて、気持ちが良い。
こうしてじっくりと剣の空間を堪能していた時、懐かしい光を見かけた気がした。
── あの光は……。
空間に絶えず流れゆく光は、うっすらと蒼い色を帯びていて、あの人の……彼の雰囲気に似ている。そう思ったのだ。
面影を感じた時、思わず名前を口にしていた。
「レイエ……?」
リムセアの呼びかけに反応したのか、風のように流れていた光の一部はふわりと留まり、朧げに、何かの形を繕った。
はっきりした形ではない。けれどもなんとなく、人の、立ち姿のように思える。
確信はなかったが、目の前に留まった光は自分を認識しているように感じられた。
リムセアは少し躊躇いつつも、言葉を続けた。
「……もしも今、君に伝えることがあるとすれば、僕はまず最初に、謝りたい ──」
光は仄かに瞬く。
「話を聞くよ」とでも言っているようだった。
リムセアは、自分が抱いている想いを話し始めた。
*
そうだ、僕は謝らないといけない。
あの時、君が僕に託してくれた大切な想いを、すぐには伝えることができなかったから……。
自分の無力さから、ずっと殻に閉じ籠ったまま、時間だけが流れてしまった。
ようやく僕が外へ出たのは、ついさっきのこと。あの日から、もう6年も過ぎていたんだ……。
もっと早く、目覚めるべきだったと思う。
僕は後悔を抱えたまま、あの時と同じことを再び繰り返そうとしていた。
君に託された、君の大切な彼女 ── ルインが、一人で戦っていることを知っていたのに、僕は黙したまま彼女を失いかけていて……。
妃砂に呼ばれてから、やっと気がついた。自分がすべきことを思い出した。
── リムセア、押しつけのようで悪いけど……あいつの、ルインのこと…頼むよ。
あの日の、君の言葉を忘れたわけじゃないんだ。
ずっと心の奥底に仕舞い込んでしまっていて。
今は、何も出来ずに過ごしたことを悔いているよ。
とても、とても時間がかかってしまった。君の想いを、彼女へ伝えることに。
「本当にごめんね……ごめんなさい」
僕は、光に向かって頭を下げていた。
許してもらおうと思ったわけじゃない。ただ、償いの想いはきちんと伝えたかったから。
でも、どうしてなのかな。
光から返ってきたのは優しい声色。彼の ── レイエの言葉が、聞こえた気がした。
『なぁリムセア、時間がかかっても君は伝えてくれたんだ。俺の想いをさ。俺はそれで、十分だよ』
明るくて、爽やかな風がふわりと流れてくる。
僕が勝手に、都合よく想像しているだけなのかもしれない。レイエならきっと、こう応えるのだろうと考えていて。
彼の言葉が、穏やかに紡がれる。
『もういいんだ。顔を上げてよ。下を向いていたら、こっちの顔もよく見えないだろう?』
促されて見上げると、目の前の朧げだった光ははっきりとした蒼い形を繕っていた。
跳ね癖のある髪、澄んだ瞳。僕が会いたかった青年 ── レイエの姿。
彼は笑っていた。まるで陽の光のような温かい笑顔だった。
今思えば、あの時の君は……僕と話せて良かったって、最後に笑いかけてくれたね。
君の想いを、ルインに伝えた時も同じだった。彼女も、ありがとうと言って僕に微笑んでくれた。
一緒にいた、妃砂さえも。
僕は恵まれているのかな。そばには、優しい人ばかりがいるみたい。
それを肯定するかのように、レイエは言葉を続けた。
『リムセア、約束は守られたんだ。謝る必要はないよ』
「そう、かな……」
『君は無力じゃない。ルインもそう言っていただろ。勇気を出して、もっと自信持ちなよ』
「レイエ……うん」
『元気が足りない。もっと大きな声で返事しよう』
「え…? あ、ええと……う、うん!」
『そうそう、それがいい。あとは任せたからな』
「レイエ、消えちゃうの?」
僕が不安げに尋ねると、レイエは少し困惑したようだった。
『これが“俺”だっていう保証はない。ずっとはいられないよ』
「そっか、そう……だよね」
彼の言葉に僕はハッとなった。
そうだ。これは僕が、勝手に考えているだけなんだ。だって、レイエはもう……いないから。彼の輝きに似た、光を懐かしんでいるだけの ── 幻想であって。
そう考えると、急に虚しくなってきた。ひとり委縮した僕は顔を俯ける。
すると、不意に影が覆った。
何だろうと思って見遣ると、レイエの手が僕の身体を包み込み、視界に霞む前髪を指先で撫でてくれていた。
『リムセア、俺の代わりに……とは言わないよ。君には、君の力があるんだ。この先もきっと、大丈夫さ』
「レイエ……」
レイエは明るい表情で笑っていた。その顔を見ると、不思議と元気を貰えた気がした。とても幻想とは思えなくて、彼が残した思念のようなものを感じているのかもしれない。
僕を生み出した想いの持ち主は、素敵な人間だ。そんなことを確信してしまう。
だから僕も、彼へ応えるために言葉を紡いだ。
「ありがとう。僕は……僕の力でルインを助けるよ」
僕の言葉に、レイエは「うん」と頷いた。
そして、彼の姿は再び数多の光となって拡散し、空間に漂う風光の中へと流れて行った。
行き去る光を見届けた僕は、煌めきの絶えない空間でひとり呟いた。
「レイエ見ていて。頑張るから」
*
『── リムセア、起きている?』
『え……?』
『そろそろ出番が近い、待機してほしい。マスターが君の力を必要とするから』
妃砂に声を掛けられたリムセアは、今し方、自分が夢想に浸っていたことに気が付いた。
── 夢……? でも、温かい感覚が残っている。それにこれは……。
視界に掛かる自分の前髪にキラリと光るものが見えた。リムセアはそれを片手の中へと繰り寄せる。
広げて確かめると、とても小さな光の粒子だった。仄かに蒼白い色が瞬いている。先程自分へ触れていた、彼の光に違いない。
その時、とんっと何かに軽く背中を押された気がして、リムセアは後ろを振り返ろうとした。
けれど、途中で思い直してやめた。今は過去に戻るのではなく、未来へ向かう時だから。
── 前へ進もう。きっと大丈夫っ!
リムセアは手繰り寄せた光をもう一度見つめると、大事そうに自分の胸の中へそっと押し当てた。
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